計りかねた距離感

城の前にザンザスと2人、取り残された絵美は困惑していた。
なぜザンザスの機嫌は悪いのかと。

「……ボス、私気に触ることを言いましたか?」
「……………」

黙っているが否定しないということは、そういうことなのだろう。

「申し訳ございません、ボス。」

絵美は理由もわからぬまま、素直に謝罪した。

「……絵美、テメェは俺の女だ。」
「はい?……それってどういう…」

絵美は余計に困惑した。
ザンザスにとって絵美は部下であり、セフレか性の捌け口程度に思われていると考えていたからだ。
ザンザスは何も言わない。

「…ボス?あの……私………その……」
「絵美」

ザンザスは絵美の後頭部を掴んで、彼女の口を自らの唇で塞いだ。

「んっ……」

ザンザスはすぐに絵美を離して、彼女の手首を掴んで歩き出した。

「ボス………」

ザンザスは何も語らない。

「ボス………………ボス、私は………」

ザンザスは足を止めて振り返る。

「絵美、テメェは俺の何だ?」
「私はボスの部下です。」
「だったら俺の女になれって命令も聞けるだろうが。」
「あ………」

絵美は視線を泳がせた。
やがて観念したように彼女は頷く。

「…はい。ボスがお望みなら。」

ザンザスは歩き出そうとしたが、絵美は動くことができないまま、その場に突っ立っていた。
そして意を決して尋ねた。

「ボスは………私の心もお望みですか?」
「……くれるってんならもらってやる。」
「そう、ですか……」

ザンザスとの距離感を計りかねて絵美は困惑した。
ただ、1つだけわかったことがあった。
セフレ発言やザンザスを愛していないなどの発言が完全に失言で、ザンザスを怒らせていたことだ。

「ボス、先日は申し訳ございませんでした。セフレは完全に失言でした……。」
「ハッ、やっとわかったか。ついでに聞く。テメェが電話で会いたいと言っていたのは誰だ?」
「それは………ボスです。でもボスはそういうの嫌がるかと思ったのですが…。」
「…問題ねぇ。」
「そう…でしたか…」

絵美は困惑しつつも、安堵したように微笑んだ。
ザンザスは彼女の手首を再度引っ張った。

「……行くぞ。」
「はい。」

絵美はザンザスに引かれるがまま歩いた。
しかし、山下りは体力を削られた彼女にはきつかった。
徒歩で向かっている時点でザンザスは絵美の怪我を気遣っているのだろうが、彼の予想を下回って絵美は弱っていたのだ。
途中から息切れし始めた絵美だが、きついなどの発言は一切しなかった。

「……絵美、キツいとなぜ言わない?」

ザンザスは足を止めて、絵美に尋ねた。

「ボス……私は大丈夫です。この程度でそんなこと言ってたらいつまで経っても職務復帰できません。」
「その顔色はどう説明する?」
「顔色……」

生憎自分の顔色などわからない絵美は戸惑った。
顔色はわからなかったが、彼女は妙に汗をかいていることは自覚していた。
このアペニン山脈の中腹で。
現在の高度は高山病になるほどの高さではないが、酸素は薄く気温も低い。
確かに気温の低さと服装に対して絵美は汗をかき過ぎていた。

「私顔色悪いですか…?」
「およそ血の気を感じねぇ色だ。」
「そうですか……でも大丈夫です、歩けます。」
「チッ………」

ザンザスは舌打ちをして、彼女の片腕を自らの首に回し、背中ともも裏を抑えて抱きかかえた。

「ボス!?」

されるがままな絵美だが、その体には緊張が走り全身に変な力が入った。
ザンザスはそれに気付きつつも、早速歩き出す。
先程よりも速いスピードで。

「こっちの方が速い。テメェに合わせてると日が暮れる。」
「申し訳ございません、ボス………」
「礼なら帰ってから体でしろ。」

いつもの絵美なら当たり前に了承するところだが、今日の彼女は違った。
絵美は気まずそうに口を開く。

「あの、ボス……申し訳ないのですが、それは1週間ほどお待ちいただけませんか?」
「はぁ?」
「医者に止められてるんです。かつての運動能力を早く取り戻したいなら、日常生活は送って大丈夫だけれど、激しい運動はあと1週間は控えろと。」

ザンザスは舌打ちをした後、大きく溜め息をついた。

「テメェ、俺がどんだけ溜まってると思って…」
「申し訳ございません…」
「1週間後、覚悟しておけ。」
「はい。その時はボスのお好きなようになさってください。」
「ああ」

ザンザスが頷くと、絵美の体の力が少しだけ抜けた。
それと同時に強烈な眠気が彼女を襲った。
イタリアの時間で今は15時過ぎくらい。
日本では既に夜中の時間だ。

「……眠いのか?」
「申し訳ございません。時差ボケで……」
「寝てていい。どうせこの状態でやることはねぇだろ。」
「でも、それは申し訳ないというか……」
「だったら命令だ。寝ろ。」
「ボス……ありがとうございます。」

絵美は目を閉じた。
途端に意識が薄れて、彼女は眠った。
ザンザスは車を止めた場所にさっさと向かった。
そこには2台の車が止まっており、車の外で先程別れた幹部が待っていた。

「う゛お゛ぉい!待ちくたびれたぜぇ、ボスさんよぉ。」

スクアーロがザンザスの姿を視界に捉えると、いつもの大声を出し彼に近付いた。
ザンザスは絵美を抱えたままスクアーロの鳩尾を蹴った。

「ってーなぁ!!」

スクアーロは剣を構えたが、それをルッスーリアが止めた。

「今のはスク隊長が悪いんじゃないかしら?ほら、絵美が寝てるじゃない。」
「ぐっ……だが、蹴るこたぁねーだろぉ!」
「るせぇ」

スクアーロは抗議したが、ザンザスのその一言と本気の殺気に剣を収めた。

「ボス、俺が代わろうか?」

こういったことでは空気の読めないレヴィが100%善意でザンザスに提案し、絵美を抱えようと両手を前に差し出したが、ザンザスは文字通りそれを一蹴した。

「触れんじゃねぇ」
「ししっ、馬鹿だな、レヴィ。ボスが無防備な絵美を他の男に預ける訳ないじゃん。」

ベルフェゴールは鳩尾を抱えて悶えるレヴィにそう言い捨てた。

「絵美、体調悪いの?」

マーモンが絵美の様子を確認してザンザスに尋ねた。
ザンザスは頷く。

「さっさと帰るぞ。」

ザンザスは彼女を抱えたまま、黒塗りの車の後部座席に座った。
足を伸ばせるように彼女を膝の上に横向きに座らせ、彼に体重を預けさせた。
交通ルールなどガン無視だ。
運転席にはスクアーロ、助手席にはルッスーリアが座った。
レヴィ、ベルフェゴール、マーモンはもう1台の車に乗り込んだ。

「じゃあ、とっとと帰るぞぉ!」

スクアーロは早速車を走らせた。

ヴァリアー本部に着く頃には辺りは暗くなり、絵美は眠り続けていたが眉間に皺を寄せていた。
何か不快な夢でも見ているのかとザンザスが考えた時、彼女は言葉を発した。

「おね…さま……たすけて……」

ザンザスだけがそれを聞き取った。
彼は絵美の過去に同情などしない男だが、彼女の頭をやんわりと撫でてやった。
スクアーロが車の扉を開けたので、ザンザスは絵美を横抱きにして車を降りて、自分の部屋へと向かった。
部屋に入ると器用に彼女の靴を脱がせ、自身のベッドに横たえさせた。
そしてザンザスも彼女の横に寝っ転がって、彼女を抱き締めた。

「テメェは他の男には絶対くれてやらねぇ…」

彼女が聞いてないことを良いことにそう呟いたのだった。

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