誓いは今日空にのぼる


目を覚ますと、目の前には眠っている名前がいた。随分と長い間、昔の夢を見ていたようだ。炭治郎たちが帰ってから、何となくこの部屋から出る気にならなくて、ずっと名前の手を握っていた。

あの頃よりもできるようになったことはとても多い。無力な自分が大嫌いだったけれど、僕はあの時とは違う。失ったものは数え切れないくらいあるけれど、手に入れたものもある。今ならできることも、ちゃんとある。

「……あの秘密基地のこと、最近ちゃんと思い出したよ。起きたら連れて行ってあげる。君を担いで一日で行ける距離だ」

今だったら、天気雨が降っても君を背負って山を降りられる。だから、次は泣かさないから。雨が降っても、僕がちゃんと守るから。だから安心していいよ。

起きたら連れていきたい場所、いっぱいあるんだ。あの山だけじゃあない。世界は広いんだよ。いろんな人がいるんだ。名前はまだ、誰かの後ろで縮こまるのかな。もうそんなことなくても、喋られるようになったのかな。でも、もしも緊張しても、みんな優しい人たちばかりだから。きっとすぐに打ち解けらるよ。だから、安心して、起きてほしい。

「名前………早く起きて……」

小さな呟きが、闇に消えて溶けた。静かな寝息が、辺りには響いている。そんな中、「任務ゥ! 任務ゥ! 鬼ガデタワヨ!」と鎹鴉が窓枠に止まった。鬼がまた出たようだ。日輪刀を手に取り、静かに部屋を後にする。襖に手をかけ、名前を見つめた。「行ってくる。鬼を倒してくるね」

「行ってらっしゃい」と、記憶の中の幼い名前が声をかけてきた。その顔は、笑顔だった。







その知らせを聞いたのは、それから数日経った時。前フリもなく、突然だった。

「それらしき鬼がいた、と」
「ええ。恐らく……ですが」

胡蝶さんに呼ばれ、蝶屋敷に向かうと、僕が望んで止まなかった言葉を告げられた。胡蝶さんは地図を出し、ある場所に丸をつける。

「竈門くんたちがこの前西の山の裏にある町を狙った鬼を討伐した時に聞き出したらしいです。その鬼が言うには、稀血ばっかり狙っていて疎ましい鬼がいた、と。いつも人間を眠らせて連れ帰り、静かにその血肉を食らっていたらしいですが、その鬼がよく愚痴を漏らしていたようなんです。「何年か前に一人逃した奴がいる」と。それは恐らく、名前さんのことかと思われます。この辺り……ここですね。ここら辺に隠に聞き込みを入れたところ、近くの町の人も怯えている様子だったらしいです。出没することは滅多にないけれど、この土地には強い鬼が住み着いている、と聞かされるらしいです。町の長老たちが作った、夜出歩かないようにするための戒めの一つにも聞こえますが………条件は、当てはまっているように思えますね」
「この町の近くに………」

その一点、丸で囲まれたその場所を食い入るように見つめた。やっとつかんだ手がかりに、心臓がドッドッと音が鳴るのが分かる。ダメだ、呼吸を整えろ。そう思っても、瞬きさえできなかった。やっと。やっとだ。この3年間、毎日のように探していた鬼の尻尾。逃さない、絶対に。逃してたまるか。

「ここに行けばその鬼がいるかもしれないってことですよね」
「………そうですね」

「今日の夜が明けたら、すぐに出発します。協力してくれて、ありがとうございました」そう伝え、診察室を後にしようとする。「待ってください」胡蝶さんが俺を引き止めた。

「時透くん。焦らないでくださいね」
「………焦る?」
「相手は鬼ですから。隙を見せたら忽ち状況は変わってしまいますよ」
「…はい、分かっています」
「あなたは隊士なんですよ。間違った選択をしないように」
「……」
「明日は共に任務に迎える人がいないのですから尚更です」
「…わかりました」

もう一度お辞儀をして、ぺこりと頭を下げる。最後に見た胡蝶さんの顔は、どこか悲しそうで、歪んでいた。


「炭治郎」
「時透くん! しのぶさんから話は聞いた?!」

そのまま併設されている道場に向かうと、炭治郎と同期たちが訓練を中断して僕のところに来た。「うん、聞いたよ」

「俺たち、明日任務が入っていないんだ。まだ怪我は治ってないけれど、時透くんと一緒に戦いに行くよ!」

そう言う炭治郎を見上げた。横で善逸が「いやいやいやそんな軽い怪我じゃねえよ……」と炭治郎を睨んでいる。「大丈夫だって! 動けないものでは無いし」ふっと笑う。心強いなあ。本当に。
結局糸口を掴んでくれたのも、みんながいてくれたからだ。一人ではできないことも、みんなが力を合わせればこんなに簡単にできた。仲間の力の強さに今更気がついた。柱のくせに、まだまだだなあ。炭治郎や禰豆子、善逸に伊之助。胡蝶さんも含めて、協力してくれる優しい人達はすぐ近くにいたんだ。

「ありがとう。炭治郎。みんなのおかげだよ」
「いや………全然さ! その鬼見つけたかったのに中途半端に帰ることになっちゃったし……」
「最後は自分でケリをつけたい。だから、大丈夫だ。俺一人で行くよ」

炭治郎が「え?」と俺に問う。これは、最初から決めていたことだ。

「怪我が治っていない炭治郎たちには申し訳ないけれど、できれば僕のお屋敷にいて、名前を見ていてくれたら嬉しい。その鬼を倒せたとして、どうなるか全く分からないから。もしも名前が起きたとしても、その瞬間、僕はいられないから。だから、任せたいんだ」

炭治郎になら、名前を任せられる。信頼できるんだ、本当に。心強い仲間だからこそ。炭治郎の瞳の色が変わる。炭治郎らしい、力強い色だ。

「時透くんが命よりも大事にしている人だ。………分かった、全力で応援する。ちゃんと見守っているよ」

「がんばろうな! 禰豆子!」「が、がんば、ろうねえ」力強いその声を聞き、安心した。安心して、炭治郎たちに名前を任せよう。準備は整った。後は、俺が――。


ねえ、名前。ついにこの時が来たんだ。長かったね。
きっとあと少しだ。あと少しで、夜が明けるよ。





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