月が満ちる夜闇
夜が明ける。日輪刀を腰に携え、僕はお屋敷を早々と後にした。目的地まで走りながら、景色が移り変わる中、名前のことをずっと考えていた。
起きたら驚くかな。何もかも変わってしまっていることに。もしかしたら泣いてしまうかもしれない。人見知りで、臆病な子だったから。けれど、炭治郎がいるから大丈夫だろう。あやすの上手そうだったし。きっと炭治郎だったら安心させられるはず。禰豆子もきっと頭を撫でてくれるはずだ。胡蝶さんもこの事を知っているから、仮にもし何かあったとしても対処してくれるだろう。鬼を倒したら、すぐに帰って、そして―――。
この時の僕はまだ浮き足立っていた。
鬼がいるかも分からないけれど、心の中ではきっといると確信していた。
何かが変わると確信していた。
「鬼狩り様……! ようこそ遠い中わざわざありがとうございます」
お昼すぎにはすぐにその町に到着した。やけに静かな町だな、そう思いながらウロウロしていると、町長だろうか、ご年配の男の人が出てきて、僕に向かって頭を下げる。「本当に本当に……ありがとうございます」 憔悴しきった様子。どうやらこの町に鬼がいる話は本当らしい。お茶を出してくれる女将さんに頭を下げながら、町長と向き合う。「それで、」
「鬼が出るというのは確からしいね。この様子を見ると」
「はい……。お恥ずかしい話、何年か前から度々村の者に相談はされていたのですが、何しろなかなか目撃情報もなくて…。ちょうどいいから子どもたちには鬼が出ると言って戒めにはさせてもらったんですが、実際はずっと放置しておりました。けど、最近になって行方不明の方が何人か出てしまい……。血の跡がある訳でも叫び声が聞こえた訳でもなく、誰も見たことはないのですが、人だけが静かに消えるんです。みなさん不気味がって、今では昼にさえ表に人が出ない状況になりました」
「それでいいよ。不用意に表に出たらアイツらにとって格好の獲物になるから」
町長の話は、僕が探している鬼の特徴をよく捉えていた。血の跡や叫び声がないのも、眠らせて連れ去っているからだろう。現れる数が少ないのも、稀血を好んでいる鬼の特徴だ。最近になって人を喰らい始めたのは、ちょうど力が尽きてきたからだろうか。何年か前からちらほらと目撃情報が出始めたのは、その頃に居座り始めたからだろう。僕や名前が暮らしていた山は、ここから随分と離れている。一度名前の家で討伐されかけて、逃げてきたのだろうか。「鬼狩り様、」町長が、祈るようにこっちを見てくる。
「どうにかしてこの町を救ってくれないでしょうか。元はすごく平和な町だったのです。けれど、何年か前からずっと鬼に脅かされている。私がもっと対応を早めていたらこの町の住民に被害が出る前だったかもしれない……」
涙を堪えるその姿を見て、複雑な気持ちになった。僕が今からすることは、鬼狩りだ。けれど、その理由は? この町のためとは言えない。完全なる私利私欲だ。けれど、この町はこんなにも僕を頼ってきている。………やめよう、余計なことを考えるのは。どちらにしても鬼狩りは鬼狩りだ。名前を救うことは、この町を救うことにも繋がる。一緒だ。
「今晩中には決着をつけるつもりだから。ないとは思うけど、町のみんなを家から一歩も出させないでね」
「はい、はい……! お願いします! ありがとうございます……!」
惡鬼滅殺。そう書かれた日輪刀をチラリと見る。やることは一緒だ。単純なこと。この世にいてはいけない鬼を、倒すまでだ。
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夜が来る。町のみんなは言いつけをちゃんと守っているらしい。人の影が外には一つも見当たらない。ありがたい。鬼を見つけるには、ちょうどいい。なかなか目撃できない。それは、出没することも少ないかもしれないが、気配を消すのも上手なのだろう。何年間も同じ土地にいたのもその能力のおかげだろう。まあ、どちらにしても正直僕には関係ないことだけど。
目を閉じる。瞼の裏で、名前の寝顔が浮かぶ。………ちゃんと待っててね、僕が帰ってくるまで。
呼吸を、気配を、姿を探れ。見つけたらすぐに、斬りかかるんだ。
「…………見つけた」
瞳を開けた瞬間、僕はそこに駆け出した。町を抜けて少し移動したところ。木と木の間、少しだけ開けたところ。
―――霞の呼吸 肆の型 移流斬り
「ギャアアア!」醜いひしゃげた声が聞こえた。鬼だ。辺りに血が飛び散る。
「なっなんだテメェ?!?」
一瞬で両の足を斬られた鬼が、俺を見て喚いた。一目みて、異能の鬼だと分かる。無駄にデカくて、人間離れした気持ち悪い見た目をしている。けれどそれだけだ。僕が苦戦する相手ではなさそうだ。すぐに首を斬ってはいけないから、とりあえず足を斬り動きを封じ込める。聞かないといけないことが、この鬼にはたくさんあるから。
「探してたよ、醜い醜い悪鬼め」
鬼と対峙する。俺が、三年間探し求めた鬼だ。決着をつけるときが、ようやく来たんだ。