もういらないだろうこんな世界


「鬼狩りか……」

気持ち悪い目で俺を見て、気持ち悪い声を発する。足が再生されそうなのが分かったから、即座にもう一度斬り落とした。うめき声をあげるお前と本当は話したくないけれど、聞かなきゃいけないことがいくつかあるんだよね。

「お前が稀血ばっかり狙っている鬼で間違いない?」

立ち塞がってる俺に少し恐怖心が浮かんだのか、鬼が少しだけ怯んでいるのが分かる。そんなに怖い顔でもしているのかな、分からないけれど。

「そうさ。稀血は美味いし力が他の奴を食うより何倍も力がつく。俺は稀血を見つけるのが上手いからな」
「お前の得意話はどうでもいいよ。人間を眠らせるっていうのは本当?」
「そうだよ。獲物がいくら美味くてもぎゃあぎゃあ喚かれると萎えるからなあ」
「じゃあ、何年か前に一人女の子を逃したことは? あるよね、ないとは言わせない」

刀にベッタリとついた血を払って落とす。鬼は僕の目を見ると次の瞬間ニタァと笑う。「何だ、お前、敵討ちか?」

「……いいから。さっさと答えて」
「ああ。3年ほど前に一人女のガキを逃がしてしまった。ここから離れた山に住んでいたガキだ。眠らせたまんま逃したから、すっげえ腹立ってたんだよ」
「………」
「なんだ、お前そいつの知り合いか? 生きてるかそのガキは。ずっと寝てんだろ、そいつ。すっげえ美味そうだったから最後にとっとこうと思って、のんびりしたのがダメだったのかなあ。人が大勢入ってきて足止めされたよ。朝が来ようとしたから仕方なくそいつを置いていったんだよ。すっげえ勿体ないことしたぜ!!!」
「いらないことまで答えなくていいよ」

「ギャア! てめえぇぇ!!」うるさい。聞いてもないそいつの話を聞くのがあまりにも馬鹿らしくて、腕を切り落とす。いちいちコイツは自分の話をしなければ気が済まないらしい。「ハハハハ…………」 俺が刃を振るっても、何故か笑うその鬼。気持ち悪い目が、俺を見据える。

「どうやら俺はお前に悪いことをしたらしいな。その目から俺を殺してやりたくて堪らないって気持ちがビシビシ感じるぜ」
「そうだね。殺してやりたくて堪らないよ。っていうかお前はどっちにしても死ぬんだけどさ。その前に最期に一つ、聞いてもいいかな?」

「その家にいたはずの親は? お前が喰ったの?」

あの日、すでに名前の両親の姿はどこにもなかったと御館様は言った。この鬼に食われたかも分からない。どこかに逃げただけかもしれない。そう言っていた。
けれど、俺には分かる。名前の親は娘を置いて逃げるような人たちじゃあない。何よりも、名前を大切にしていた。その姿を、俺はずっと見てきた。
名前もそうだ。何かあったら、きっと僕たちに助けを求めに来たと思う。だから、きっと二人は―――。

「そいつの両親かぁ? あの家はな、珍しく全員稀血だったんだよ。娘が一番そん中でも美味そうにしていたけどな。だから、まずは娘の目の前で二人を喰った。眠らせるのも面倒くさいからそのままな。あの女、声も出さずに泣いていたなあ」

目の前が、真っ赤に染まるような感覚がした。刀の柄を、壊れるくらい強く握ったのは何時ぶりだろう。これほどまでに、憎しみを覚えたのは、何時以来だろう。

「絶望しきった目でなあ、俺を見るのさ。近づくと血にまみれた俺の口元を見て呟いていたよ。おとうさん、おかあさんって。バカだよなあ! そいつらはもう俺の胃の中なのになあ!」
「………」
「そいつの意識を刈り取る時は楽しかったよ。呆然としたまんま簡単に眠っていくから滑稽で滑稽で。可哀想になあ。ハハハハ!」
「………るな」
「ああ?」
「もう喋るな、クソ野郎」

怒りに任せて刀を思い切り振るった。動揺していたのか、鬼は後ろに仰け反り逃げようとする。ふざけるな、ふざけるな! 体温が、心拍数が上がる。頭が真っ白になりそうな感覚だった。何も考えられなかった。コイツは、コイツだけは、生かしておけない。

「余計なことまで喋ってくれたね。お前はさっさと地獄に行った方がいいよ。安心して、俺がお前を斬るから。地獄より苦しい思い、させてあげる」

離れた場所にいる鬼に伝える。もういい、聞きたいことは全て聞けた。もうお前に、用はない。
僕の周りの空気が変わるのが、自分でも分かる。
クククク………この場に似つかない、笑い声が辺りに響き渡る。発しているのはもちろん、目の前にいる鬼だ。

「地獄より苦しい思いをさせてやるだぁ………? それはこっちの台詞だ。小僧、教えてやるよ。お前に俺を殺すことはできないってことをなあ」

歪んだ顔で、俺を見て笑う。「はあ? 意味わかんないんだけど……」

「俺はな、獲物を眠らせるときに、もう一つ術をかけるのさ。共倒れの術だ。俺が死んだら、術がかかっている者もみんな道連れになる。例外なく、全員だ。そういう術さ」
「……!」
「殺してもいいぜ? もう飽きるほど生きてきたからな。ただ、覚悟はしないといけないなあ」
「…………それって」
「お前、頭は悪くないよなあ?」

そいつの笑みが、深くなる。それと同時に、俺の呼吸も、急激に歪んでいった。

ドクン。ドクン。ドクン。心臓が、体全体が、不快な音に染まっていく。汗が、動悸が。それ以上に、嫌な予感が、止まらない。名前の顔が浮かぶ。眠り顔、笑顔―――それらが塗り替えられていく。絶望した顔、泣き顔。そして。



「俺を殺したら、お前が大事にしている娘………死ぬぞぉ?」



―――ねえ、この世にさ、やっぱり神様なんていないだな。
だってさ、こんなこと、こんな残酷なこと、あっていいのか? なんて、なんて残酷な世界なんだ。ねえ、名前が何か重罪でも犯したわけじゃないだろう。なんで、あの子ばっかり。

何かが崩れる音がした。それは、一体。





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