ひとりぼっちの夜から 中編


次の日。気がついたら僕も名前もそのままの状態で寝ていたようだ。起きたら、僕の腕の中で、名前が胸に顔を埋めていた。涙で乾いた目元。憔悴しきったようなその寝顔。それを見ながら、胸が苦しくなる。守りたいのに。もう二度と、辛い思い何一つしてほしくないのに。乾いた目元を親指でゆっくりとなぞる。僕が消せたらいいのに。できないのは分かってるけれど、そう願わずにはいられない。
しばらくそうしていると、名前がその瞳をゆっくりと開けた。どうやら起きたようだ。瞳をあけて、いつもと違うことに気づいたらしい。僕の顔をそっと見上げる。その瞬間、瞼の裏に残っていたと思われる涙が一粒零れた。それを見て、僕はまた胸がはりさけるような感じがした。当の本人は、まるで気がついてはいなかったけれど。

「あ……あれ? 無一郎くん…?! な、な、なんで……っ」

この状況に焦っているのか、あたふたとしている。昨日のことは、どうやら何も覚えていないようだ。「なんかいつもより体が重い……よっぽど変な体制で寝ていたのかな……」そう呟く名前を、もう一度掻き抱いた。強く、強く。「えっ?! えっ?!」戸惑う声が聞こえる。深く深く息を吸い込む。名前の柔らかい匂いがする。いつまでも、変わらずに柔らかいままであってほしい。泣かないでほしい。怯えないでほしい。それのためなら、俺はやっぱり何でもできると思うんだ。それほどに、大切だから。

「…………名前」
「は、はい………」
「……これから、僕たちの住んでいた山に行こう」
「…え?」

「今から…?」戸惑うような声が胸の辺りから聞こえた。うん、そうだよね、急だよね。いきなりでごめん。でも、行かなきゃいけないんだよ。
「でもわたし、まだ……」不安そうな顔をする名前。そうだよね、まだすごく体はしんどいよね。追い打ちをかけてしまうことになって、ごめん。

「大丈夫、僕が抱えていくから。何も心配はないよ」
「そんな、申し訳ないよ……」
「そんなことない」

違うんだ。謝るのは、僕の方だ。今から君は、また泣くかもしれない。叫ぶかもしれない。絶望に染まるかもしれない。もしかしたら、生きたいと思えなくなるかもしれない。そんなところに、あの日の暗闇に、今から連れていこうとしているのだから。
でも、僕がいるから。俺が、半分、背負うから。一緒に乗り越えていこう。朝を、見つけに行こう。大丈夫。大丈夫だから。今じゃなきゃダメなんだ。







お手伝いさんにお弁当を二人分もらい、風呂敷に包んだ。それを名前に持ってもらう。腰に刀を差す。必要なものはすべて藤の花の花紋の家に行けば揃うから、荷物はとても少なく済む。まだ戸惑いが隠せていない名前を布団から起こした。「じゃあ、行こっか」

「っ! ひゃ、」
「よいしょ……っと」

ひょい、と名前を腕に抱き上げる。やっぱり軽い。3年間も眠っていたら仕方ないか。まだ全然食べれないしなあ。もう少ししたらもっと滋養のあるものを食べさせた方がいいかな。「重い……絶対重い……もうやだぁ……」と半べそをかいている名前はとりあえず放っておく。そんなことないよ、と言ってもどうせ嘘だとしか返されないだろうし。体力もないし、まあ逃げ出さないだろう。

「ちゃんとお弁当持っててね?」
「うん………」
「まあないだろうけど、暴れないでね。騒がないこと。怖かったら、俺の隊服掴んでいればいいから」
「……うん?」
「じゃあ行くよ」
「……きゃあっ!!」

いつも通りに走り出す。当たり前のように家の屋根から屋根へと移動したりするから、名前からしたら大変かもしれない。でも普通に歩いていたら何日かかるか分からないし。僕は柱だから、何日間も不在でいるわけにはいかない。「わっ、わっ!!!」僕に言われた通り頑張って騒がないようにはしてるっぽいけれど、やっぱり怖いのだろう。ぎゅうっと強く握られた隊服に、思わず笑ってしまう。ああ、可愛いなあ。「む、いちろうくん、なんで笑って……うわっ!」余裕がなさそうな名前が俺を睨んできたけれど、知らんぷりをした。「喋ってると舌噛むよ」そう言ったら本当に何も言わなくなってしまったので、ちょっと勿体なかったかなと反省した。本当に舌を噛まれるのは嫌だから、まあいいんだけど。


「はい、1回休憩しよっか」
「お願いします…………」

もともとぐったりしていた名前は、更にぐったりとしていた。疲れ切ったその顔を見て、少し反省する。飛ばしすぎたかもしれない。今まで一人でしていた移動だったら、なんでもなかった。でも、今回は名前がいる。ちゃんと加減はしないといけない。これが、誰かが隣にいるということだ。
体を起こすことは到底不可能そうに見えたから、僕にもたれかからせるように後ろから腕を回した。「水飲める?」そう言って水の入った瓢箪を口元に近づけるとごくごくと飲んだ。もうそろそろ大丈夫かな、そう思ったタイミングで瓢箪を口から離す。少し垂れてしまったのを、指で拭った。昼餉を食べようと、作ってもらったおにぎりを頬張る。小さく分けられた名前の分を口に運んであげると、ゆっくりと食べていた。これで体力は少しくらいは回復するだろう。

昼餉を食べているときに、名前の様子をチラリと観察した。まだ何も理解していないような様子だ。一見穏やかにも見える。名前は、知識としてはちゃんと親が亡くなったことを理解している。目の前で見ていたし、僕のように記憶を失った訳でもない。もういないということも、知ってはいる。
けれど、どうにも実感はないようだった。今は会えないだけ、という認識に近いだろうか。どこか非現実的なことのようで、本当の意味では受け止めきれてないように見える。いくら言葉で言っても、多分このまま終わってしまう。………それでは、やっぱりダメなんだろう。昨日の夜の名前を思い出す。本能では、多分、分かっているんだ。分かっていることを、分かっていないのだ。

「あと少しで着くからがんばって」
「………うん、がんばる。運んでくれてありがとう、無一郎くん」

がんばらなきゃいけない。名前も、俺も。耐えなければいけない。目指している山は、もう目の前にある。





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