つよがりな女の子に ―蝶屋敷にて 参―
「無一郎くん」
「………」
「無一郎くん」
「…………あ、ごめん。何?」
最近、可笑しいなと思う。わたしが蝶屋敷に機能回復訓練に行くようになってから、無一郎くんはたびたびぼーっとすることが増えたのだ。ぼーっとしているというよりかは、何か考え事をしているような。もしかして、任務で何か大変なことがあったのかもしれない。柱の任務量は、本当に膨大で大変だと聞いたことがある。無一郎くん、疲れているのかな……。「えっと……蝶屋敷に行かないと……」「あ、もうそんな時間だったっけ。行こうか」
わたしは一人で何も出来ないから。蝶屋敷に行くのだって、無一郎くんに連れていってもらわないと、できない。疲れているとしたら、なんて迷惑なことなんだろう。でも、一刻も早く無一郎くんの手を煩わせないためには、機能回復訓練を受けないわけにはいかないというのも本当だ。でも、でも、もしも無一郎くんの負担になってしまっているとしたら……。毎日のように遠くにある蝶屋敷に送って貰って、帰りには迎えに来てもらう。無一郎くんは優しいから何も文句は言うことはないけれど、本当は迷惑だと思っていたり…………。蝶屋敷に行くってなったときも、すごい複雑そうな顔をしていたから。ううん、無一郎くんが、そんなこと思うわけがないって分かっている。分かっているけれど、不安が残ってしまうんだ。わたしが、弱いから。
蝶屋敷には、たくさんの女の子がいた。屋敷の当主である胡蝶しのぶさん。訓練の指揮を執る神崎アオイさん。看護師のかわいらしい女の子たち。そして、しのぶさんの継子だという栗花落カナヲさん。
「また負けたー!」
わたしが回復訓練を行っている横で、カナヲさん相手に手も足も出ない隊士さんの様子を、何度も見てきた。涼しい顔をして、彼らを打ち負かしているカナヲさんはとてもかっこいいと思う。継子というのは、滅多になれる訳ではないという。才能や力があり、柱から見出されることで初めてなれるそれは、柱から直接指導を受けるから、破格の力を有するという。隊士でもなんでもないわたしでも、彼女がとても強いことは分かった。その様子を呆然と見ていると、目が合う。ニコリと笑うカナヲさんは、とても綺麗で凛としている。急いでペコリとお辞儀を返した。………すごいなあ、本当に。わたしも、早く歩けるようになりたい。そう思い、支えを持つ両手に力を入れてみようとしたけれど、空回りしてしまう。力が上手く入らず、気がついたら体を床に叩きつけていた。痛い……。「大丈夫ですか?!」アオイさんが駆けつけてくれる。本当はわたしなんかにこんな時間をかけて頂けることも、奇跡なんだろうな……。気が落ちてしまったわたしを見て、アオイさんはいつものように励ましてくれる。「無理なさらないで。焦らないでください! ゆっくりがんばっていけばいいんですからね」アオイさんの言葉が優しかったから? 体が痛いから? 悔しかったから? 分からないけれど、涙が滲んできたから、慌てて飲み込んだ。
こんなんじゃ、ダメだ。もっともっと頑張らないと。強くてかっこいい女性が、鬼殺隊にはいっぱいいる。わたしも、そんな人たちに近づきたい。できることを、増やしたい。お荷物になりたくない。だって、そうしないと。
「………大丈夫です。もう一回、お願いします!」
痛む体に鞭を打ち、もう一度両足に力をこめた。わたしだって、まだ、できる。
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「………無理させないでって言いましたよね、俺?」
「まあまあ怒らずに。名前さんすごい頑張っていますから」
僕が蝶屋敷に迎えに来た時、名前はぐっすりと眠っていた。相当がんばって、疲れてしまったのだろう。ちょっとした事じゃ全く起きなさそうなその様子を見て、僕はため息をついた。
頑張っている、そんなのは見ていたら分かる。毎日毎日想像以上に苦しい訓練をしているのだろう。疲労困憊になっているその姿を見るのは、少し複雑なところもあった。
けれど、本人がとてもやる気を持っているし、蝶屋敷の方が指揮してくれているから、この訓練が間違っているとは思えない。辛いだろうけれど、これを乗り越えれば、確実に名前はまた歩けるようになる。日常をまたひとつ、取り戻せる。それも分かっていた。けれど。
「すごい複雑そうですねぇ」
「……」
「そりゃあおんぶにだっこ状態の名前さんは時透くんからしたらすごい可愛いらしいですし、庇護欲も満たされると思いますよ。大好きな子が頼ってくれるのは嬉しいですもんね」
「………別にそんなこと、」
「強がっちゃって。見ていたら分かりますよ」
胡蝶さんの鋭い指摘に、僕は押し黙る。全くの見当違いではないからこそ、何も言えなかった。
人見知りで、内気で、恥ずかしがり屋で、泣き虫で。今まで、僕が守ってあげないと、まるで死んでしまいそうな兎のようだった名前。勝手に、僕が守らないとダメだ、と思い込んでしまっていたのかもしれない。僕がいないと何も出来ないだろう、と。そんな自分の立場に満足して、優越感を得ていたのもある。反吐が出そうなほど、醜い男の感情だ。
「おんぶにだっこ……とか、それが嬉しいとかではないですけど」
「ふむふむ」
「………でも頼りたくないのかな、頼るには不安なのかな、とか、グダグダ考えてしまうのは認めます」
「あら、素直ですね」
胡蝶さんに笑われる中、黙って名前の寝顔を見る。がんばっているのは偉いと思うけれど………やっぱり寂しいという気持ちが、どこかにあって拭えないんだ。どうしても複雑な気持ちになってしまう。だって、誰よりも君を守る存在でいたいと思っているから。仕方ないんだ、それは。でも、そんな自分勝手な気持ちも押し殺せるんだよ。名前があんなに頑張っている姿を見ていたら。だって、名前が嬉しいことは、僕も嬉しいことだから。名前が喜ぶことだったら、何でもしてやりたいって思うんだ、本当に。
「………応援しているから」
眠っている名前に囁いたその言葉は、もちろん本人には届かない。この気持ちだって、本人に隠しているんだから、届くはずもない。だから、気づかなかったのだ。僕の思いと、名前の思い。その二つが、微妙に、噛み合わなくなってきていることに。