愛らしさしたたかさ ―蝶屋敷にて 肆―


「少し無理しすぎじゃないですかねぇ」

アオイさんが、わたしの体を解しながら怪訝そうな表情を向ける。筋肉痛で痛む体に、適度な刺激はとても気持ちがいい。さすが鬼殺隊に所属する方だ。「そんなことないですよ」そう言って苦笑いをした。
機能回復訓練を受け始めてからおよそ半月ほど経とうとしていた。毎日無理を言って、朝から晩まで訓練を受けさせていただいている。無一郎くんも、最近よく今のアオイさんのような顔をしてくる。「やり過ぎじゃないの」そう言いたそうにしているのに気が付きながら、わたしは誤魔化し続けている。無一郎くんは相変わらず優しいから、それでも蝶屋敷にわたしを送り続けてくれる。最近では疲労がなかなか取れなくて常に体が重たい。自分でも、無茶をしすぎなことは分かっていた。そんなわたしを見て、本当に心配そうな顔をするみんなに罪悪感で一杯になるけれど、どうしても譲りたくない。焦る原因が、蝶屋敷にはたくさんあったのだ。


「名前ちゃーん! 今日も相変わらず頑張ってるのねぇ!」
「蜜璃さん」


甘露寺 蜜璃さん。桜餅の色をした髪の毛と瞳が、とても可愛らしい女性だ。蝶屋敷にお邪魔していた蜜璃さんに話しかけられたのは、つい最近のこと。機能回復訓練を受けているわたしを見て、「あー! もしかしてあなたが!」そう叫んできたのが、彼女だった。

「ここにいる隊士の一部の人の中で話題になってたのよ! あなた無一郎くんの彼女なんでしょう?!」
「えっ、あ、その……」
「甘露寺さん、名前さんを困らせないでくださいよ」

後ろからひょっこりと現れたしのぶさんに慌ててお辞儀をする。「こんにちは。お体の調子は大丈夫ですか?」相変わらず穏やかで美しい声色だ。「はい、大丈夫だと……わっ、」手すりをぎゅっと握りしめていた手から思わず力を抜いてしまい、足元から崩れ落ちそうになる体を、甘露寺さんが支えてくれた。

「大丈夫? 大変そうねぇ……」
「ごめんなさい、ありがとうございます」

わたしを支えてくれるその腕は、見かけによらず逞しく感じた。腰には刀が差してある。しのぶさんとは随分違って、なんていうか一風変わった隊服を着ているけれど、この方も鬼殺隊の隊士なのだろうか。

「名前さん、ご紹介が遅れましたね。彼女は甘露寺蜜璃さん、鬼殺隊の柱を務めています」
「……えっ、柱?!」

ビックリして、思わず甘露寺さんを見上げた。意外と高い背丈。スラッとしているけれど、鍛え上げられた体。すごい、こんなに可愛らしいのに……。「固くならなくていいのよ、よろしくね」ニッコリ笑うその顔は、やけに眩しかった。

「ねえ、それでそれで?! あなた無一郎くんの彼女なんでしょう? さっきここで会った隊士が言ってたのよ!」
「あ、えっと、一応……」
「一応って何? もう、無一郎くんったらこんな可愛いらしい女の子がいるなんて、そんなこと一言も言ってなかったのに! 今度柱合会議で会ったら問いたださないと!」
「甘露寺さん。名前さんが困っていますって」
「んー、なんか守ってあげたくなるって言うのかしら? そんな感じねぇ。というか、無一郎くんが溺愛しているって聞いたんだけど!」
「はいはい、帰りますよ」

「まだ彼女は訓練中なんですから」しのぶさんが満面の笑みを浮かべながら、ズルズルと甘露寺さんを引っ張っていく。終始戸惑ったまま、二人は消えていった。「がんばって! 応援しているわよ!」甘露寺さん………蜜璃さんは、そのまま、まるで嵐のように去っていった。これが、初めて彼女と会った日のこと。


「ほんと遅い時間までがんばっているのね」
「はい、恥ずかしい話なんですけれど、中々上手くいかなくて……。もっと頑張らないといけないなあって」
「偉いのねぇ。もうそろそろ無一郎くんが迎えに来るのかな?」
「はい、多分もう来てくれる時間です」
「そっか。久しぶりに挨拶しよっかなー!」

蜜璃さんは、まるで姉のようにわたしを気にかけてくれて、こうして蝶屋敷で会う度に、話しかけてくれる。もちろん蜜璃さんが怪我を負っている時もあるけれど、彼女自身の回復力がすごく早いのに驚いた。そういえば、無一郎くんも怪我が治るのが早かった気がする。やっぱり柱って、本当にすごい人なんだろう。こんな可愛らしい人なのに、きっと、何人もの人を救ってきたすごい人なんだ。比べるのなんて烏滸がましいけれど、羨ましいと思ってしまう。回復訓練を受けている横で、彼女の訓練も見たことがあった。すごく美しく、軽やかに。まるで舞っているかのように、動き回るのだ。何かに必死で捕まって、立つのが精一杯のわたしとは、やっぱり違うんだなあって。どうしても、考えてしまう。「どうしたの?」考え事をしていて俯いてしまったわたしを見て、蜜璃さんが少し慌てたように声をかけてきた。ダメだ、こんなすごい人を心配させてしまうなんて。「ごめんなさい、大丈夫です」そう言って、蜜璃さんに笑顔を向ける。「名前、」その時不意に呼ばれた名前に、顔をあげた。

「無一郎くん」
「今日もお疲れ様、帰ろうか……って、あれ、甘露寺さんじゃないですか」
「お疲れー! 無一郎くん!」

わたしを迎えに来てくれた無一郎くんが、横にいる甘露寺さんに気が付き、目を丸くする。知り合いだったんだ、無一郎くんがそう呟いた。「ここで会ったのよ!」ねー!と可愛らしく顔をわたしに近づける蜜璃さん。「うん、仲良くしていただいてるんだよ」そう言うと、無一郎くんは少し安心したように笑った。

「………あ、そうだ、甘露寺さん。ちょっと話したいことがあるんですけれどいいですか?」

不意に思い出したかのように無一郎くんがそう言った。蜜璃さんが首を傾げる。「どうしたの?」蜜璃さんがそう聞くと、無一郎くんは「いや……」と言葉を詰まらせて、わたしの方を見た。

あ、これ、わたし、お邪魔なやつだ。

「ごめん、ちょっとそこで待っててもらってもいい?」申し訳なさそうにそう言う無一郎くんに、わたしは慌てて首を振った。

「ううん、ここで待ってるね。お話してきて」

隊士、それも最も偉大な柱同士、何か大事なお話があるのかもしれない。当たり前だけど、鬼殺隊に所属していないわたしの前で、大事なお話をしていいわけが無い。笑顔でそう言うと、無一郎くんはホッとしたように笑い返してくれた。蜜璃さんは終始不思議そうな顔をしていたけれど、無一郎くんと一緒にわたしの見えないところまで移動していった。そして、一人きりになったわたしは、どうしても思ってしまうのだ。ああ、今去っていった二人、横で並んでいて、歩いていて、すごく、すごく、お似合いだったなあって。





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