音は激しく、逞しく
「はい、おまけで1番でかい大根入れといたからね!」
「うわあ、立派ですね、ありがとうございます!」
「いえいえ。まいどー!」
ポカポカと暖かい昼下がり。わたしは屋敷から少し離れた街沿いにある商店で、買い物をしていた。まだ少し遠くにある場所に行くときは、しのぶさんが貸してくれた車椅子を使っている。座席の横に、巾着や買い物袋を引っ掛けるところもあり、買い物をするときにはとても便利だ。活動範囲が広がったのはとっても嬉しい。
(大きい大根だなあ。無一郎くんの好きなふろふき大根もいっぱい作れるなあ!)
ずっしりと重たい大根の存在感を後ろに感じる。喜んでくれるかな、そう思うと今日の夕餉がとても楽しみになってくる。今は任務に出ている無一郎くんも、きっと日が沈むまでには帰ってくるだろう。早めに帰って、とびきり美味しいの作ってあげたいな。お手伝いさんに教えてもらおう。お屋敷に帰ろうと思い、車椅子の車輪をくるくる押そうとしたとき。1人の男性が、話しかけてきた。
「お嬢さん」
「あ、はい!」
「車輪に葉っぱがついていますよ。取ってあげるからちょっと止まってもらっても大丈夫ですか?」
「ホントですか。すいません、ありがとうございます」
親切な人もいるんだなあ。本当は今取ってもらっても帰るときにまた付いてしまうんじゃないかな、そう思った。けれど、人からの優しさはやっぱり嬉しいから。巾着がある側、車輪の辺りをゴソゴソとした後、「取れましたよ」そう言って男の人は立ち上がる。「本当にありがとうございます」そう言って頭を下げると、男の人は手を振りながら笑って去っていった。まだ知らない人と喋るのは少し緊張してしまうけれど、活動範囲が広がったことで色んな人と交流する機会が増え、それも克服しつつある。無一郎くんがいると、色んな「はじめて」を体験出来る。今の生活が、わたしにはとても眩しい。
(よし、次こそ帰ろう)
車輪の向きを変え、御屋敷に向かって漕ぎ出そうとしたとき。
「お嬢さん」
もう一度、わたしは別の男の人に話しかけられた。「はい……?」今日はよく話しかけられるなあ。そう呑気に考えたけれど、その男の人を見た途端、わたしは言葉を失ってしまった。
「お嬢さん、盗みはいけないなあ」
わたしを見下ろす大きな影。さっきの男の人よりガタイの良い身体。その顔が、怒りに染まっていた。思わず怯んでしまう。でも、問題は彼が言っていた言葉だ。盗み? わたしが? なんのこと?
「え、と………盗み、ですか…?」
「そうさぁ。お嬢さん、今そこの棚から箸置きを盗っただろう。俺は見てたぞ」
「箸置き? …ごめんなさい、覚えがないです」
全く見当のつかないことだったから、戸惑ってしまう。横をちらりと見ると、とても高価そうな品のいい箸置きが並んでいる。綺麗だなあと思いながらここを通ったことは何度かある。けれど、手に取ったことはない。ましてや、盗みなんて。何か誤解をしてしまっているのかな。そうしたらそれを解かないと。
「嘘つくな! 俺は見てたんだ。お嬢さんが盗ったところ」
「そんな、見間違いです! ほんとうに盗ってないです……!」
「じゃあその巾着の中身見せてもらおうか」
男の人はわたしの車椅子の片側にかけられた小ぶりの巾着を指さした。その中には小銭入れと、鬼から身を守るお香しか入っていない。それを見せたらきっと疑いは晴れるはずだよね。「見てください」そう言ってその巾着を開ける。そして、絶句した。
「ほーら。お嬢さん、それは何だ?」
ニヤリ。口元に弧を浮かべ、男の人はそう言う。戸惑いで頭がいっぱいだった。なんで。なんで。その中に入っていた黒い骨董品――高価そうな箸置きに、わたしは言葉を失う。わたし、こんなもの、入れた覚えはないのに。なんで巾着に入ってるの? 覚えがない。けれど、今の状況はそう言うのを許してくれなかった。どこからどうみても、わたしが盗んだようにしか見えない。でも、本当に知らないんだ。
「返して貰えないか?」
「も、もちろんです……!」
覚えはないけれど、とりあえずこれは返さないと。困惑しながらも、男の人が伸ばす手に箸置きをのせる。と同時に、わたしの腕がガッと掴まれる。誰に? ――目の前でニヤニヤと笑う、その人に。
「は、離してください」
「何言ってんだ? 返して「はいそれでは」で終わる問題じゃないだろう。弁償しろ。賠償金だ」
「そんな……困ります!」
「困るじゃねえんだよ。実際にてめぇはそれを盗んだ犯罪者だぞ。なんなら奉行所に連れてってもいいんだぞ?!」
「待ってくださいっ、わたしほんとうに覚えがなくて……! 盗んでないです、本当です!」
「嘘ついてんじゃねえよ!」とうとうわたしの態度に腹が立ったのか、男の人が車椅子を思いっきり蹴飛ばしてくる。グラリ、バランスが取れずにわたしの身体は車椅子から離れていく。地面に叩きつけられる、そう思って、目をぎゅっと閉じた瞬間。
「いけねえのはてめぇのほうだろ、兄ちゃんよォ」
硬い地面に叩きつけられると思った身体は、誰かの腕に抱きとめられていた。がっしりと筋肉がついた、とても逞しい腕だ。恐る恐る目を開け、顔をあげる。そこにいたのは、派手な化粧を施し、頭に布を巻いた男の人だった。
「なんだてめぇ……!」
「兄ちゃん、嘘は良くないな。俺は見てたぜ。お前の仲間がさっき、このお嬢ちゃんの巾着にそれを入れたところ。あそこの建物の影、さっきからチラチラとこっちを見てくる奴がいたんだよなぁ」
「まあ、もうそっちは片付けたけど」その男の人が指を指してる方を見てみると、1人の男の人が地面に倒れていた。あ! あの人、さっき葉っぱを取ってくれた人だ。その時に入れられていたんだ…。信じられなくて、口をあんぐりと開けてしまう。
「はあ?! 誰だよアイツ関係ねえよ!」
「いやいや周りのヤツらに聞けば分かるから。そんな言い訳。お前らが二人でニヤニヤしながら長い間この辺りに来る人を観察していたってそこの店主が言ってたぜ。大方カモになりそうな子を狙っていたんだろうが」
「違う――」
「大体よ、この箸置きがあった場所、この車椅子の娘だったら全然届かない場所にあるから。わざわざ届かないものを盗む奴がいるか? いい加減諦めろって」
「ぐぬぬ……」と何も言えなくなっている様子に、わたしはホッと一安心する。よかった、周りの方の誤解も解ける――そう思ったとき。男がわたしを指さして大声をあげる。
「違ぇよ! だからこの女が―――ぶふぉっ!!!!」
そこまで言った瞬間。気がついたら男の姿は目の前から消えていた。突風が吹き、思わず目を閉じる。すごい衝撃だ。な、なに………?!
「ゴチャゴチャうるさいんだよ、屑が」
「……!」声にならない驚きで、息が止まる。そこにいたのは、任務に行っているはずの、無一郎くんだった。手にはいつもの日輪刀ではなく、お店にあったものだろうか、竹刀が握られている。どうやらそれで飛ばされたらしい男は、わたしたちから随分と離れた場所で意識を飛ばしていた。
「おいおい時透、いいのかよ。一応あちらさんの言い分を聞いておかないで」
「いいでしょ。聞く必要あります?」
「にしてもあんなに思いっきりぶっ飛ばすなよな。普段剣ばっか振ってるやつがあそこまで容赦なしにするとは」
「いいんですよ、因縁つけて、怒鳴って、触って、挙句の果てに蹴飛ばそうとして。当然のことなんで。あれでもまだ足りないくらいです」
「もしかしてお嬢さんが本当に盗んでいたらどうするんだよ」
「ないですから。名前に限って」
「それより宇髄さん、そろそろ名前から手離してもらってもいいですか?」どうやらお知り合いのようだ。「え、何。お前ら知り合いなの?」目を丸くしているウズイさんと呼ばれた人に目もくれず、無一郎くんはわたしの身体をくまなく調べる。おそらく、怪我をしていないか心配してくれているんだ。「大丈夫だよ、ありがとう」と言うと、ホッとしたように息をついた。「心配した。怖かったでしょ。早く帰ろうね」無一郎くんが車椅子の持ち手のところに手をかけて押してくれる。そこでハッとして、わたしは男の人に目を向ける。
「あの! ありがとうございました……! 本当に助かりました、ありがとうございますっ」
「いや………」
「お名前お伺いしてもいいですか?」
「俺は宇髄天元。今そこでムスッとしている時透と一緒に、鬼殺隊の柱をしている」
「柱さんなんですね……! って、無一郎くん?!」
宇髄さんに目もくれず、そのままスタスタと車椅子を押してくる無一郎くん。困ったようにキョロキョロしていると、「いいって。帰んな帰んな!」面白そうな表情をしながら手を振る彼。その姿が、どんどんと小さくなっていく。もう一度「ありがとうございました!」とその影に向かって叫んだ。
「……もう。でも、無一郎くんもありがとう。本当に助かりました」
「うん。早くその大根使って、ご飯食べよう」
ようやく穏やかになったその表情に、安心する。無一郎くんと一緒に歩く帰り道は、とっても暖かかった。