アタシは最強


あの子はとても強い子。

始まりの呼吸である、『日の呼吸』の使い手の子孫で、他の剣士とは全く次元が違う存在なのよ。剣技の才は天賦のもの。分かる?つまり天才ってこと。

あの子はとても優しい子。

素っ気ないところはあるけれど、アタシにはとても優しい。隊員たちには氷のような目を向ける癖に、アタシのことを撫でてくれる手つきは本当に最高なのよ。その度にフフンと勝ち誇った気分になるの。その上眉目秀麗で言うことなし。そして、自分で言うのもあれだけど、アタシは鎹鴉の中でも器量も実力も最上級。控えめに言ってだけどね。鎹鴉の中で最強のアタシと、鬼殺隊の中で最強のあの子。分かる?つまり文句なしの完璧なアタシ達ってこと。

あの子の任務をサポートすることができるのは、とても喜ばしいこと。最年少で柱になるほどの他の連中とは比べようがない才能、そして努力。それらから産み出された、疑うことない最高の剣技。それを1番近くで見ることができる――そんな光栄なことが、あるのかしら。

基本周りに無頓着で愛想の欠片もないあの子だけれど、アタシにはたまに笑いかけてくれるのよ。「がんばったね、お疲れ様」って。アタシの喉元をその細く美しい指先でくすぐりながら。その笑顔に、あの子の本来の姿が見え隠れして、どうしようもなく泣きそうになってしまうことがある。これは秘密よ?

そんな公私共に最高のパートナーなあの子とアタシだけど、1回だけあの子を困らせて、そして怒らせてしまったことがある。





あの子に仕え始めた日から、気に入らないことが1つあった。御館様が用意してくださったあの子の御屋敷の一室。そこには、1人の少女が眠らされていた。アタシが初めてその娘を見た時から、一度も起きた姿を目にしていない。話を聞くとどうやら血気術にかかってしまい、もう随分と長い間寝ているらしいわ。

そんな娘のことを、記憶を失くしているあの子はいつも不思議そうに見ていた。「誰なんだろう、この子は」。魘されているのか苦しい表情をしているその娘をじっと見つめながら、首を傾げる。暫くすると部屋から出ていって、いつも通り訓練に戻る。もうその時にはその娘のことは忘れていて、目の前の鬼という存在を斬ることだけを考えているようだった。他人に無頓着で、愛想なんて一切ない。自分の才能に驕ることも、誰かに媚びることもなく、ただひたすら努力を重ねる姿が誇らしくて、大好きなの。なのに、また暫くしたら同じようにその娘を見ながら首を傾げるの。その瞳がなんだかアタシの知っているその子ではなくて、どうにもならない気持ちが芽生えた。

――その娘は、アナタにとってどんな存在?

今思えば、みっともない嫉妬心だったんだと思う。だってこの子の1番のパートナーはこのアタシで、このアタシを仕えさせることができるのも、あの子だけなのに。アタシ達は最強なのよ。何にも変え難い絆で結ばれているの。
なのに、あの子がその娘のことばかり気にしているから。周りの連中に見せる氷のような視線を、一切向けようとしないから。何よ、何よ。アンタなんて、あの子の何の役にも立っていないじゃない。

あの子はアタシの性格を分かっているから、アタシが撫でてほしいと甘えたら「仕方ないね」と呆れながらもその通りにしてくれる。アタシのワガママだって、なんだかんだ聞いてくれる。あの子もアタシのことが好きだから。本当に優しい子だから。アタシが、一番だから。


「後で撫でてあげるから。ちょっと待ってて」


だから、そんなことを言わないでほしかった。


目の前には魘されている娘。お手伝いさんが買い物に行ってて、どうにかしてくれる人が近くにいなかったからだとは分かっている。でも、アタシ以外を優先したことが、どうしても許せなかった。表情こそ変化はないけれど、どうしようと戸惑っているのが分かった。どうにかしてこの娘の苦しみを取り除いてあげなきゃ、そう思っているのが分かった。今のこの子は、あの娘しか見ていない。見えていない。アタシはこんなに近くにいるのに。ねえ、ねえ!

「どうしよう…。どうしたらいいんだろう。んーと、とりあえず……」

隊服に隠れたあの子の手。刀を握って固くなった掌。凄く優しい掌。それが、その子に向けられる。やめて、アタシがしてほしかったことなのに。何をしようとしたか分かった時、アタシはどうしようもない感情でいっぱいになって――それで。

「銀子、ダメだよ」

アタシの真っ黒な身体の前に、腕が差し出されていた。目を向けると、困ったような、でもしっかりとアタシを咎める顔。

「この子は傷つけちゃダメ」

言葉数は少ないのに、ハッキリと意志を持った響き。ああ、怒っているんだなって分かったわ。アタシが、この娘をつつこうとしたから。どうしようもなくワガママな気持ちから、八つ当たりをしようとしたから。だって、気づいちゃったんだもの。この子は優しい、アタシだけには。そう思っていたのに、それがどうしようもなく独り善がりなただの勘違いだって、気がついちゃったのよ。

「魘されなくても、大丈夫だから……。落ち着いて、大丈夫だよ」娘の丸い頭を、何度も何度もあの子の手が行き来する。ああ、なんて優しい手つきで頭を撫でて、なんて優しい瞳を向けるのだろう。その娘に。記憶が、戻っていないはずなのに。

記憶を失っても尚、あの子にとって何よりも大切なものがここにあったのね。それを、痛いくらいに痛感させられた。


アタシは鎹鴉。仕えている剣士が鎹鴉の全てである。アタシは鴉界最強といっても過言ではない実力を持っているの。なのに、醜い嫉妬心から、仕えている剣士様の大切なものを傷つけようとした。こんなの、鎹鴉失格だ。ごめんなさい、ごめんなさい――。

「ゴメンナサイ…」

涙が溢れ、俯いてしまう。ああ、消えてしまいたいわ。こんな惨めなアタシを、きっとこの子は見限るはず。最強のアナタには、最強のアタシしかいないと思っていたのに、アタシは最強じゃなかったの――。
とぼとぼと去ろうとした時。「どこ行くのさ」あの子の声が近くで聞こえた。
顔をあげると、綺麗な水色の瞳が、アタシを真っ直ぐに見ていた。あの娘はもう魘されていなかった。当然よね、この子があんなに優しく撫でてくれたのなら、苦しみなんてすぐにどこかに行ってしまうはずよ。

「アタシ、最低ナコトヲシヨウトシタワ。アナタニオ仕エスルコトハモウ……」
「僕、どうせすぐ忘れちゃうから。気にしなくていいよ」
「デモ……」
「銀子以外の鴉に来られても、困るよ。銀子はすごい優秀だからね」

「ほら、おいで。撫でてあげるって約束だったろ」そう言って小さく笑ってくれるアナタ。こんな身勝手なアタシとの約束を守ってくれようとするなんて。ああ、なんて幸せ者なのかしら。アナタはアタシをこんなにも認めてくれている。アタシはアナタにとっていちばん大切な存在ではないかもしれない。でも、アナタにとっていちばん大切な鎹鴉は、アタシなのね。こんなに嬉しいことが、あるのだろうか。

あの子の腕の中で、羽を畳む。優しい手がアタシの身体を滑る。

「銀子が何に怒ったのか分からないけど、あの子は大切にしてほしいんだ。あの子だけは、傷つけたらダメだよ。僕からのお願い」

『命令』じゃなくて『お願い』。どこまでも優しいこの子の望みを、どうして叶えられないだろうか。アタシはアナタの最強の鎹鴉。アタシに出来ないことはないのよ。

「当タリ前ジャナイ」





「銀子ちゃん、ここにいたんだね。今日もお疲れ様」

あの子によく似た、優しい目。この娘――名前は、よくこの目をアタシに向ける。

「無一郎くん、今日も大した怪我なく帰ってきてくれたよ。銀子ちゃんのお陰だね。本当にありがとう」

そうやって笑いながら、アタシの身体を撫でる。その手つきがあの子に本当にそっくりで。ああ、この2人はいつも一緒にいたんだなと分かるの。

「これからも、無一郎くんのことをよろしくね」

あの子が大切にしてほしいとお願いしてきた存在。あの子が、本当に大切にしている存在。2人揃ってこのアタシに願い事を言ってくるなんてね。全く、仕方ないんだから。


「当タリ前ジャナイ」


アタシに、出来ないことなんてないのよ。





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