その青い影の中で泣いてるのは誰だ


時透が鬼に刃を振るう。相手は異能の鬼であり、多少なりとも厄介な相手ではあった。けれど、それでいても柱の手に余る力は持っていない。技を出し切ったところで、霞にまかれたと思った瞬間、決着はついた。ごとり、自分の首が落ちたことを、鬼は悟った。反転する景色を呆然と見つめる。ぬっと視界に入ってきた少年。時透は、相変わらず表情を変えることは無い。「ねえ、お前に聞きたいことがあるんだけど」

「お前の周りに、人間を眠らせる血鬼術を使う鬼はいなかった?」

鬼は憎しみをこめた目で、ぎょろりと時透を睨む。「くそ、こんな餓鬼に負けたのか俺は!」

「あのさ、お前のことは聞いてないから。そういう鬼はいなかったのかって聞いてんの」
「黙れ! お前みたいな軟弱そうな餓鬼、すぐに死ぬさ! 地獄に落ちろ忌まわしい鬼狩りめ」
「自分と相手の力量について的確に判断さえできないくせによく言うよ、笑っちゃうね。で、知ってるの? 知らないの?」
「知らぬ知らぬ! 知っていたとしてもお前のような餓鬼に教えることは………」
「あっそ。じゃあもう用はないよ。早く消えて」

ざっと隊服に隠れた足で鬼の頭を踏みつける。鬼は瞬きをする間もなく灰となって消えた。それを見送るわけでもなく、時透はふと息をつきながら刀を鞘に戻した。

「あら。もう片付いていましたね。お疲れ様です」
「……胡蝶さん」

ひらり、まるで蝶が舞うかのように時透の隣に降り立ったしのぶが、ニコリと笑みを浮かべる。「はあ……」と言いながら頭をペコりと少し下げた。

「随分苛立っているように見えますね。何か鬼に話しかけているようにも見えましたが?」
「………なんでもないです」

しのぶの笑顔からフイと視線を外す。苛立っているように見えたのか。時透は見えないように唇を噛み締めた。

「時透くん、私は心配しているんですよ。何か困ったことがあるのかと」
「大丈夫です、何もないんで」

頑なに自分を見ようとしない時透に、しのぶはため息をついた。何か隠しているのは分かるが、それを詮索するような仲でもない。困ったように笑い、それ以上追及するのはやめた。

「最近竈門くんが随分と思い悩んでいて。時透くんのお屋敷から帰ってくるといつもですよ」

なるほど。胡蝶さんが何か言ってきたのは炭治郎の様子が可笑しかったからなのか。数日前に名前のことを彼に話してしまったが、どうも炭治郎は嘘がつけないのだろう。初めて知ってしまった友達の秘密を、どうしていいのか分からずに困惑しているのだろうか。時透は(話さないほうがよかったかな……)と内心でため息をついた。

「誤解しないでくださいね。竈門くんだけじゃありません。時透くん自身も最近すごい思い詰めたような顔をしていますし。他の柱の方も心配なさっていますよ」
「……」
「最近任務外の鬼狩りをすることも増えていますよね。柱の出番ではない場面でも」
「……」
「何があったかは分かりませんが、記憶が戻ってからしばらく経ちますし、新しくいろいろな悩みも増えていくと思います。一人で抱え込まない方がいいんじゃないですかね?」
「……」
「まあ話したくないことを無理やり話す必要性はないですけれど! ちゃんと鬼を倒してくれれば!」

笑みを崩さないまま「それじゃあ」としのぶは去っていく。自分の苛立ちは、そんなに周りが気づくほどのものなのだろうか。
ここ最近、というよりは、もうずっと、名前を眠らせた鬼に関する手がかりが掴めないのだ。鬼に聞くのが一番早いと思い、雑魚鬼や十二鬼月ではない異能の鬼を狩りながら探りを入れてはみたものの、何も情報を得ることができない。その焦りは、ただただ時透を蝕んでいった。
時透は、名前の存在を決して公にすることはなかった。隊士になって、やがて柱になっても。そして、記憶を取り戻してからも、決して。誰にも、その存在を伝えてこなかった。御館様は知っていたけど誰にも言わないでくれたし、特に記憶がなかった頃の時透は、基本誰とも仲良くすることがなかったから、隠すのは容易いことだった。存在をなかったことにして、誰の目にも止まらないように、ひたすら隠し続けた。もう二度と、理不尽な災いが彼女に降り注いでこないように。そう思っていた。
けれど、一人で鬼の行方を探すのは、きっともう限界が来ていたんだろう。本当は、分かっていた。柱としての任務はまず何よりも大切だ。後輩を指導しないといけないし、鍛錬も怠ってはいけない。圧倒的に時間が足りない。それに、捜索は、実行隊の時透にとって、初めから不得意な分野でもあった。そしてそれを、誰にも見られないように、悟らせないように、静かに進めていかないといけない。手がかりを何も得られないまま、時間だけが過ぎていき、焦燥感が襲っていた。今思うと、炭治郎の鼻がいいことなんて、最初から分かっていたことじゃあないか、そう時透は自問する。炭治郎をお屋敷に招けば、名前が見つかってしまうことなんて、分かりきったことじゃないか。それでも呼んだのは、何でだったんだろう。自分の行動が、分からなかった。

答えなど、分からない。けれど、あの日炭治郎に言われた言葉が、胸から離れない。名前のためなら、いくらだって道化を演じられた。嘘だってつけた。でも、その名前のためならという思いが、果たして、本当に彼女のためになっていたのか。分からない。自問自答しても、時透が答えを見つけることは出来なかった。





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