それはとてもやわらかで


「間違っているわけではないと思うんだ、時透くんの言っていることは」

目の前で禰豆子がこてんと首を傾げる。俺と禰豆子は、今日も時透くんのお屋敷にお呼ばれしていた。柱だけの話し合いがあるから少しだけ留守にする、と言われたのはついさっき。時透くんがいなくなったお屋敷で、俺は禰豆子に愚痴を言っている。

「そりゃあさ、禰豆子は自分だけが守れるとか、俺も最初は思ってたよ?! 俺が守らないといけないからってさ。でも、やっぱり。それは苦しいじゃん! やっぱり仲間っていた方がいいじゃん! だって俺がそうだったから!」
「ま、もれ、る?」
「そう! 時透くんが名前さんを大事にしているのはよーーーく伝わってきたよ。あんな時透くん見たことがなかったからちょっと驚いたもんなぁ。でもそれは置いといて! あんな苦しそうな匂いがするのに、本人は気づいてないのかな? 名前さんじゃないよ、自分自身のだよ」
「じ、ぷん……じ、」
「うんうん、ていうか、なんであんなに他の人に知られるのが嫌なんだろうなぁ。名前さんを隠すことで、いいことがあるともあんまり思えないんだけどな……」

俺の周りにいる鬼殺隊は、みんなとってもいい人だ。同期の善逸や伊之助、カナヲはもちろん、先輩だって、隠の方々だって、柱だって。力を貸して、そして借りて、お互いに助け合いながら鬼を倒してきた。だから、名前さんのことだってみんな協力してくれるはすだ。捜索範囲が広がれば、名前さんを眠らせたという鬼だって見つかる確率も上がるし、時透くんだけに負担がかかるわけでもなくなる。それに文句を言う人は1人もいないだろう。なのに、当の時透くんが頑なだもんな………。

「禰豆子も名前さん気に入ったもんなぁ」
「き、きに、いっ、た?」

名前さんからは苦しそうな匂いがすごいしてくる。起きたい、助けて、そんな叫びが聞こえてくる。けれど、その奥底にあるのは優しい匂いだ。かわいらしい匂いだ。それがきっと本来の名前さんなのだろう。だから禰豆子も一瞬で名前さんに懐く素振りを見せたんだと思う。

「名前さんが早く目覚めれば目覚めるほど、時透くんも苦しい思いから解放されると思うのに………」

蝶屋敷に行くたび、しのぶさんにこの事を言いたくて仕方なくなった。助けてあげてください、どうにかできませんかって。必死で堪えた俺の顔はすごいことになっていたのだろう。何も事情は知らない善逸と伊之助からは「気持ち悪い」と一刀両断され、しのぶさん本人も「ど、どうかされましたか」と困っていた。「イエ!! ナンデモナイデス!!!」どうにかして言った言葉にほっとした。時透くんに約束されたんだ、破ることはできない。

「あーー! どうすればいいんだぁ!」

うわぁーと畳に頭を擦り付けた。禰豆子が同じようにグリグリとしている。楽しそうで何よりだけど……。ゴロンと大の字になり、ため息をついた。あの日から、時透くんが名前さんの話をすることは決してなかった。次の日に「あの部屋には二度と行かないでね」と言われただけ。俺が名前さんのことを話題に出そうとすると、即座に話題を切り替えられる。なかったことにしようとしているんだ。それは分かるんだけど、何かやるせない。時透くんの力になりたいのに……。

「名前さんが時透くんに言ってくれたら一番いいんだけどなあ」

あの様子を見ると、名前さんが何か言ったらすぐに叶えそうな気がする。時透くんは、名前さんについて話しているとき、すごい苦しそうな匂いをしていた。けれど、彼女を見ている時は、優しい匂いで溢れていた。うーん。もどかしすぎる。「ねずこぉ………」妹に助けを求めても、もう寝ていた。

「名前さまのお話、ご主人様から聞いたのですか?」
「っ?!」

ふいに聞こえた声に、俺はビックリしながら上半身を起こした。年老いた優しそうな女性が、俺の前に座る。煮物のいい匂いがする。時透くんのお屋敷のお手伝いさんだ。そういえばお手伝いさんには名前さんのこと言っているって時透くんが言っていた。

「はい。まあ、俺が勝手に見ちゃっただけですけど……」
「そうですか。すごいかわいらしい方だったでしょう?」
「はい、確かにそうでした!」
「ご主人様は、それは大層に大事にされていますからねぇ」
「そうなんですか」
「最初は私が名前さまをお世話することにもひどく抵抗感を持ってましてねぇ。記憶がない中でも、名前さまを囲み込むように守ってらっしゃって。朝起きて、名前さまの様子を見に行って、朝餉を食べて。また様子を見に行って、鍛錬をして。夜眠るまでずっと気にしてらっしゃってました。「誰なんだろう、この子は」そう朧気な瞳をしながら、不思議そうにしていました。何でこんなに気にかけてしまうのか、分からない様子で。私のことも一年以上かけてようやく仕えさせていただいている者だと覚えたのに、名前さまのことは1日も忘れたことがなかったんですよ」
「……」
「婆心で申し訳ないんですが、私はそれが嬉しくて嬉しくて。ご主人様が可哀想で仕方なくて。昔鉄井戸様……現在は故人ですが、ご主人様の刀を打ってくださる刀鍛冶の方が手紙を送ってくれて、そこに書いてあったんです。刀からは、隠している感情が全て分かると。本当は孤独で寂しくて仕方なかったのだと思います。本能的にそれを感じても、どうするとこも出来ない。自分自身が不安定なものということはどれだけ怖いことでしょうか。けれど、そんな状態のご主人様でも、"守りたい"という単純明快な感情があることが本当に嬉しくて。だって、彼だって人間じゃあないですか。天才剣士、最年少柱……それでもたった1人の男の子なんですよ。14歳のね。そんな感情、持って当然じゃないですか」
「………そうですよね」

お手伝いさんの言葉に、俺はぎゅっと手を握った。「ごめんなさいね、ばばあの独り言ですから」そう言って笑うお手伝いさんに、俺はお礼を言う。

時透くん、やっぱり俺は、1日でも早く名前さんに目覚めてもらいたいよ。時透くんがそこまで大事に思える人を、俺も、助けたいよ。心からそう思った。





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