ほらね大丈夫だったでしょう


「お話があるんです。いいですか?」

薬品の匂いが屋敷のいたゆる所から漂ってくる。道場の方角からは、今日も悲鳴が聞こえる。日輪刀を腰に携え、僕は蟲柱――胡蝶しのぶさんの元へやって来ていた。

「はあ……珍しいですね。時透くんがやって来るなんて。どうされました?」

パチリと瞳を丸くさせた胡蝶さんは、次の瞬間には柔らかい笑みを浮かべた。丸椅子に座りながら首を傾げる胡蝶さんに向き合うように、僕もそこらへんにあった椅子に腰掛けた。拳を、誰にも見られないようにぎゅうっと握る。呼吸を整える。大丈夫だ。胡蝶さんは、信頼出来る。きっと力になってくれる。炭治郎の言葉を思い出す。けれど、自分から全て話すのは炭治郎が初めてだったから。緊張する。でも、ここで相談することは、決して悪いことではないはずだ。名前を目覚めさせることに、呪いをとく手がかりに、きっと繋がるはずだ。苦しんでいるあの子を、早く起こしてあげないといけないから。

「――僕の屋敷に、血鬼術で眠らされた女の子がいます。もう3年近く眠り続けています。その血鬼術を解く方法を、俺はずっと探しています。何か、知っていることや聞いたことはありませんか?」

初めて、自分から伝えた。名前のことを。少しだけ心が軽くなったような気がした。僕が伝えた内容に、しのぶさんはただただ驚いた様子だった。「最近思い悩んでいたのはこのことだったんですか?」こくんと頷く。

「眠らせ続ける血鬼術………。どこかで、聞いたことがあったような気がします」
「っ?! …ほんとうですか?!」
「はい。術をかけることで、対象者の意識を刈り取り、抵抗をさせなくしてから喰らう……そんな鬼を聞いた事があります」

胡蝶さんの話を食い入るように聞いた。その鬼は聞く話によると、稀血ばかり狙うという。量より質、少ない獲物を確実に狙い、空腹を満たすと共に力の増強を図る。だからその分闇雲に人前に姿を現すことがない。出没自体が希少なせいで、なかなか追うことができない。なるほど。なかなか手がかりが掴めなかったのは、それのせいもあったのか。

「でもそれでも鬼は人の血肉を喰らわないと生きていけないですから。ずっとどこかに隠れている訳ではないですよ。手がかりは探せばきっと何か見つかるはずです」

「そちらの探索に人員を割いてみましょうか。隠の方にもそれとなく伝えときましょう。他の柱の方にも伝えてみますか? みんな協力してくれると思いますし。人手は多い方がいいですもんね」胡蝶さんの言葉に目をぱちくりとさせた。口をぽかんと開けている僕に、胡蝶さんが問う。「どうされました?」

「いや……そこまでやってくれるなんて、思ってなかったから…」
「相手は鬼でしょう? 倒すのに協力しないことはないですよ、鬼殺隊ですからね」

「それに、同じ柱同士じゃあないですか」胡蝶さんの微笑みに、炭治郎の言葉が蘇った。みんな、こんなに呆気なく受け止めてくれるんだ。今まで名前の存在を、この話を隠してきたことも、知った上で。信頼していないと思われても仕方ないのに。仲間、だからなのか。同じ意思を持った、隊員だから。
もっと早く伝えてもよかったのかもしれない。こんなに優しい人達が、危害を加えるはずがないじゃないか。どうやら遠回りをしてしまったみたいだ。ほっと息をつく。安堵した。

「その女の子、見てみたいですねぇ」
「いや……また今度で」

それでもなるべく、名前を見せたくないけど。「時透くんもやっぱり子どもなんですねぇ」胡蝶さんが、面白そうに僕の肩を叩いた。


「ねえねえねえねえ、なんかこのお屋敷、幽霊でもいるの?!? なんかうねり声? わっかんないけどすごい苦しい音が聞こえてくるんですけど?!? なになに、曰く付き?!?」
「なんだいわくつきって! 山の王の俺とどっちが強い!!」
「おい二人とも落ち着けって。まだ時透くん戻ってきてないんだから………って、時透くんおかえ、」
「ぎゃああああ!!!! そんなぬっと現れないで!!!!!」

お屋敷に戻ると、炭治郎が善逸と伊之助を連れてきていた。気配を消したつもりはなかったけれど、突然現れた僕に善逸が叫んだ。うるさいなぁ。「静かにしてよね」それだけ言うと、善逸はおいおいと泣く。「霞柱怖い……炭治郎と俺を見る目が全然違うよお………」

ふぅ、と息をついた。大丈夫だ、この二人かって、炭治郎が一番信頼している二人だ。悪いヤツじゃないし、頼りにだって………まあ、きっとなる。それに、いつまでも名前が幽霊呼ばわりされるのは御免だし。分かり切っていたけれど、やっぱり二人ともどこかしらの感覚器官が優れている。名前の気配をすぐに読み取った。

「あのさ、最初に言っとくけど。叫ばないでね。突撃しないでね。とにかく静かにしてね。分かった?」

二人の前でそう言うと、コクコクと頷かれる。善逸なんてずっと顔が真っ青だ。「なんだ?! なんか美味いもんでもあんのか!」伊之助は少しワクワクしているようにも見える。失礼だな、食べ物じゃないし。炭治郎に目配せをする。大丈夫だよって言われたようにニコリと笑っている。「着いてきて」そう言って、名前がいる部屋に連れていった。

「頼み事があって」「たのみごと……?」襖を開ける。名前は、今日もいつも通り寝ている。

「……………」
「あ? 誰だコイツ」
「血鬼術でずっと眠らされているんだ。それを解くには、鬼を見つけて倒すしかない。でもなかなか一人では見つからなくて。それで炭治郎にもお願いしたんだけど、二人も…………」
「めっかわじゃん!!!!!!!!」

善逸が叫んだ。炭治郎が頭を叩く。「時透くんがまだ話してるだろう!!!」

「うるせぇよ!! みなまで言われなくても話は分かったよ!! こんな可愛い子が眠らされているなんて絶対ダメだ!! あってはいけない! かわいい女の子からは、「善逸くんおはよう」って言われたいじゃん! なのに鬼のせいでそれが叶わないなんてダメでしょ?!? 見つける、見つけさせていただきます!!!」
「善逸! すごくすごく有難いんだが、自分の欲望が隠しきれていないぞ!」
「炭治郎静かにしろォ!! 俺が殺される!! でもだってかわいいんだから仕方ないじゃん! 俺はこの子にそう言われたぁい!」

何も言うことができなかった。こんな人種もいたんだ……。唖然としていると、「あっれぇ柱が俺のことゴミのように見てくるんだけどぉ?!」また叫んだ。約束全無視だ。それでも瞬時に僕の願いを聞いてくれた。嬉しい、シンプルにそう思う。「起こしたらコイツ美味いもん作ってくれるか!!」イノシシ頭が、僕に詰め寄った。だから突撃しないでって言ったじゃんか…。2人を諌めようとする炭治郎。名前の頭を優しく撫でる禰豆子。いつもは何の音もしない名前の寝室は、平時と打って変わってうるさくて仕方ないけど、僕は気がついたら笑っていた気がする。





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