「ふぅん。チビは名前が治した最初の生き物の子どもなんだね」
グツグツとカレーを煮込む音と匂いが、キッチンの方から漂ってくる。名前が夕飯を作っている間、手持無沙汰にチビとじゃれ合っていた。猫じゃらしを振ると、飛びついてくるのがなんか愉快だ。「そうだよ」彼女の声が、少し遠くから聞こえてくる。
「最初に救った猫のお腹の中に赤ちゃんがいて。野良猫だったから1匹引き取ったの」
チビはゴロゴロと気持ちよさそうに鳴いている。最初に警戒されたのが嘘のようだ。それほど、僕がここに馴染み始めたということだろう。普段だったらとっくに任務は終わっているはずだ。いつ名前が死ぬか、僕にも分からない。けれど、死ぬという事実に変わりはないため、ここにいるしかない。
名前の最後のお願い。「家族になってほしい」というごくシンプルなもの。最期の豪遊を存分にしてもらえるような支援ももちろんできるけれど、そのようなことは一切望まない。「バイトもしてたし、ここだけの話、追い出す代わりの仕送りが結構送られてくるんだ」最初に聞いた時、そう笑っていたのを思い出す。…あの笑い方は、あんまり好きじゃないなあ。
朝起きて、一緒にご飯を食べて、大学に行くのを見送って。帰ってきてから近くに外出したり、一緒にテレビを見たり。極々平凡な日々を過ごしていた。
チビをあやしながら、チラリと名前を見る。最期のこの日々を過ごして、彼女は何を得ることが出来るのだろう。「俺だったらもっと派手じゃなきゃ嫌だけどな。まあ簡単だからいいんじゃねえの」今の状況をテレパシーで宇髄さんに伝えたら、そう言っていた。まあ、任務としては呆気ないくらい簡単だけど。こんなんでいいのかな、なんて拍子抜けするくらいだ。
「ねえねえ、聞きたいことがあるの」
ハンカチで手を拭きながら、リビングに名前が戻ってくる。カレーは後は十分に煮えるのを待つだけだ。僕の前に同じように座り込んでくる。「何?」
「無一郎くんは死んでいく人をたくさん見ていたんでしょう。死んだ後って、みんなどうなるの?」
「死んだ後なんて、何もないんじゃないの」
「え、死んだ人と喋ることができたりとかしないの?!」
「しないって」
「ええ……」残念そうに口を尖らせる。思い違いをさせてしまってごめんね、って謝るのも可笑しいだろう。
「無一郎くんとかって元は人間とかそういうのとは違うの?」
「ううん。たぶん、生まれてからずっと死神だったと思う………前過ぎて、覚えていないけど」
「今何歳なの?」
「覚えていない」
「でも、刀とか持っている人の仕事もしたことあったよ、確かね」その言葉に、目を見開いて驚く。「なんかほんとうにすごいね…」感心したように言われたけど、すごいことなのか分からなくて僕は首を傾げる。
「無一郎くんからしたら人間って呆気なく死んじゃうものなのかなあ」
「……まあ、そうかも」
「そりゃあそうだよね。へー! すごいこと聞いちゃった!」
コンパクトソファにボスっと座り、「おいで、チビ!」とチビを膝に乗せる。その小さな存在だって、彼女に命を与えられたものの一つだ。
あの日から、一度も弱音を吐くことがない名前。純粋に、イキイキと今を楽しんでいるように見える。家族ごっこが、そんなに楽しいのか。よく分からないけれど、満足そうにいつも笑っているのだ。
「わたしが死んじゃったら、チビはどうしよう……」
自分が死ぬことを憂うのではなく、残される者を心配する。そこにあるものは、優しさなのだろう。けれど、奥底にあるのは、諦めだ。死ぬことに対し、あっさりと受け止めてしまうのは、僕でも分かり兼ねるところだった。
「わたしも死んだら死神になれるのかなあ。そうしたらチビとずっといれるのにねぇ」
「人間と死神は全く別だから。別の人種になるのは無理だよ」
「無一郎くん優しくない! もしもの話だもん」プンプンと怒るその姿を見ながら、(まあ考える必要はないよな……)と思い返す。こうして彼女といるのも、あくまで任務としての一環だ。時間はかかっているけれど、このまま何事もなく、任務が終わればいい。カレーの匂いが、部屋中に広がる。(ああ、でも、できたら、最期まで名前が楽しめたらいいな…)この時はまだ、名前に同情や憐れみの気持ちを持っていると思っていて、実際にそれは当たりだったんだろう。緩やかに時間は、流れていく。