笑い声さえ向こう側


穏やかな日常が続いた。

無一郎くんは、見た目に反してどうやらなんでもできる高スペック死神さんだったらしく、掃除や洗濯、料理などなんでもそつなくこなしていった。わたしの大学生の講義がない日は、一緒に買い出しに行ったり、辺りを散歩したりなど、そんなのにも嫌な顔ひとつせず付き合ってくれた。まるで本当に弟ができたみたいだ。そんな風に、のんびりとした日常を送った。
一度、わたしの死期はいつごろなのか聞いてみたことがある。死神さんが直にやって来るくらいなのだから、きっとすぐなのだろうと思っていたのだが、なかなか「その時」が訪れないのだ。不思議に思い、「わたし、いつ死んじゃうの?」と無一郎くんに尋ねてみた。

「僕にも分からないんだ」

ふるふると首を振って困ったように笑う無一郎くん。そういうものなのかなぁと思ったけれど、無一郎くんも少し戸惑っている様子だった。もう少し詳しく聞いてみると、普通は対象者の死亡日程、死因などがデータとして送られてくるそうなのだが、今回のわたしは少しイレギュラーなのだそう。日程も、原因も、全て「未定」。無一郎くんにも何も詳しいことは分からないらしい。もしかして、わたし、大分面倒くさい相手じゃないのかな……と申し訳ない気持ちになる。「ごめんね」と言うと、無一郎くんは少し呆気に取られたような表情になる。「死神にごめんなんて言う奴、初めて見たよ」と綺麗な顔をして笑った。契約をしてからこうして一緒に過ごしているが、改めて無一郎くんの顔を見ると、そのあどけなさの中にある精悍さに圧倒されそうになる。綺麗な顔をしているなあ、ほんとに。こんな死神さんだったら魂取られても本望!って言いそうな女の人も多そうだなあ……なんて考えてみる。

ふと、思った。

(命を刈り取るって、どんな感じなのかな)

人の最期の瞬間まで、死神は寄り添い続けると聞いた。そんな瞬間を、永い間に何回も経験していると。どんな思いで、その瞬間にいるのだろう。無一郎くんは、意外と仕事人間って感じだから、淡々と見ていそうだなあなんて思う。ていうか、いちいち全部に感情を乗せていたら身が持たないのかもしれない。全部ただの憶測だけれど。死神と、人間――それも、少し特殊な力を持ったわたしには、絶対立ち入ることができないところだ。
そういえば、わたしがイレギュラーなのも、苗字家であるからなのかな。
命を与える代わりに、自分の命を少しずつ削っていってる訳だから、いつ死ぬか予想が付きにくいのかもしれない。

ゴロンとベッドに寝転がりながら、わたしは自分の手をかざしてみる。命を与えられる、この手。この手じゃなかったら、わたしは違った人生を送っていたのかもしれない。普通に友達を得て、普通に恋人ができて。結婚して、赤ちゃんを産んで、お母さんになって。それで、よぼよぼのおばあちゃんになったら、死んでいたのかもしれない。羨ましいと思うことは、とうの昔にやめた。運命なのだから。雁字搦めの鎖が、わたしのこの手も、体さえも、死期さえも。全てを縛り上げているのだ。運命だから、と諦めきれているのも、不思議な話ではあるんだけど。

不幸、だとみんなは言うのかな。
他人に命を与えることで、自分の命を散らすわたしのことを。

「名前」

ベッドにゴロゴロしていると、部屋のドアが開く。その途端にふわりと漂ってきたいい香りに、お腹がぐぅっと鳴いた。
ふっと笑う無一郎くんが、「ご飯できたよ」と優しく言う。今日のご飯担当は無一郎くんだ。メニューは何なのかな。なんでもいいか。無一郎くんのご飯は、全部美味しいから。

死神さん。意外と高スペックで、なんでもできて、幼く見えるけれどイケメンで、少しぶっきらぼうなところもあるけれど、基本的には紳士な死神さん。

可笑しい話だ。死神の無一郎くんといるときが一番、「苗字家」としての自分を、不運な自分を、忘れられるというのだから。


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