家族になってほしい。
目の前の少女――名前は、頼りない声でそう呟いた。その様子を見て、不覚にも、呼吸が止まりそうになった。何度も言うが、この少女はまだ若い。見た目も悪くないし、女性らしさも兼ね揃えている。きっと、ありふれてはいるだろうが、幸せな人生を送れたに違いないのに。たった一つ、逃れられない運命を背負ってしまったせいで。こんなに若いのに、諦めた表情で笑うことに、慣れてしまっていると感じた。苗字家は命を与えられる存在として、死神一族の中ではどこか神的な存在として語られていた。一般的に見てもそうだろう。普通では決してない。ある意味で神様だと言われても可笑しくはないはずだ。だけど、苗字家の人間は、なんて、なんて不幸なんだ。衝撃を受けるような感覚だった。恐ろしいとさえ思った。
だって、こんな小さな小さな願いを、どこか泣きそうな声で願うことしかできないのだから。
「……もちろんです」
居心地がとても悪かった。心臓がバクバクとなって、やけに苦しかった。「ありがとうございます」嬉しそうに笑うその顔を見て、逃げ出したくなるような感覚に襲われる。家族。同じ顔をしたもう一人の僕が、記憶の中で苦い顔をしている。「お前はいつもそうだよな、情けなんてかけている場合じゃないんだよ」その記憶は、いつのだろうか。情けなんて、かけるつもりは。……そうだ。仕事、なのだ。今はまだあまりにも不幸に思えてしまうこの少女の願いを、叶えてあげるのが、死神としての責務なのだ。襲ってくる気持ち悪さを何とか押し込み、僕は一度寝室から出た。ふぅっと深呼吸をする。一転、ニコリと笑って、もう一度ドアを開けた。ベッドサイドにある鏡を見ながら手ぐしで必死に髪の毛をとかそうとしている名前を見つける。「早いよ………」どこか恨めしそうに見上げてきたが、そんなのは無視だ。笑顔のまま、僕は言う。
「おはよう、朝だよ」
屈託のない笑顔が、僕に向けられる。
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「わあ、すごい……これ、無一郎くんが作ったの?」
「勝手に冷蔵庫の中、開けてごめんね」
「ううん、全然いいよ!」
キラキラとした瞳で、僕と目の前に並ばされた食事を見ている名前の姿を見て、思わず笑いが出てきた。「朝からこんな豪華なの初めてだ……」どこかソワソワしたような姿に、作った甲斐があるなと久々に達成感が生まれる。元々料理なんてしたこともなかったけれど、さすがにあんなに多くの年月を生きて色んな人と関わっていたら、嫌でもその技術は磨かれてしまう。冷蔵庫の中は、思ったよりも色々と入っていた。その中のほとんどは、一度使うために買ったけれど、他に使い道が思い浮かばなかったんです、と言ってくるようなものばかりだったが。驚いたのは、1人では食べきれなさそうな野菜などがそこそこ揃っていたこと。「いつもはどんなものを作っているの?」気になったので、聞いてみる。
「え、ほとんど鍋とか。なんでもかんでも、ボーンって鍋の中に突っ込んじゃうの」
人参と大根の煮物を食べながら、名前はそう言った。……まあ、一人暮らしだったら、食に対してもそんな気を使わないのだろう。思ったよりも豪快な性格をしているのかもしれない。「食事は僕が作った方がいいのかもしれないね」そう言うと、ムッとした表情になる。まるで子どものようだ。「次はわたしも、作る」「君、起きれないでしょう?」あぁ、そっちの表情の方がいい。あんな諦めたような表情を、癖にしてしまう必要など、本来はないはずなのだ。
「がんばって起きるから! だから、手伝いたいの。それに、無一郎くんって見た目だけだったら弟っぽいし。全部任せるのはなんか申し訳ないよ」
「いや、僕と君、生きている年月が違いすぎるんだけどね」
「もう、細かいことはいいの! それに、その方が家族っぽいもん」
「……仕方ないなぁ」
どうか残りの少ない時間、彼女が笑えたらいい。せめて最期の瞬間くらい。僕の今回の仕事の方針が決まった。死神として、命を刈り取る側として、しっかりとやり切るのだ。今まで感じたことの無い感情だ。他愛ない話をしながら2人で朝食を食べているローテーブルの足元で、同じく餌を食べ終えたチビが、みゃあ、と鳴いた。