好きになるためには


例えば、わたしがこの力を持っていなくて、苗字家とは無縁の所で生まれていたら。
両親が幼い頃からいなくても、友達といつも対等の立場で入れて、親戚の家ですくすくと育って、当たり前のように恋をして、誰かとまた家庭を持って。そして、静かに人生を終えれたのかな。多くはなくても、誰かに惜しまれながら、涙を流してもらえるような最期を迎えることが、できたのかな。
そんなの、考えるのを辞めていたんだよ。だって、考えても全く意味の無いことだと分かっていたから。
けれど、初めて自分の死を実感した時。死神さんに言われてなんとなくは受け止めていたけれど、それでもやっぱりどこか他人行儀のようだったから。あの時改めて実感して、わたし、怖いって思ってしまったの。ああ、死ぬって、こういうことなんだなって、分かってしまった。
たられば話をしても、何も変わらないことは分かっている。でも、力を持っていなかったら、どんな人生を歩んでいたんだろうって。わたしの隣を歩いているあの人のように、この前電車でわたしの前に座っていたあの人のように、周りにいるみんなのように、普通の人生を送れていたのかなって。考えることくらい、許してほしいなって。それを誰に言うわけでもないんだけどね。

ああ、でも、そうしたら無一郎くんに出会えなかったのかな。

無一郎くんと出会ってからだよ。わたし、欲張りになってしまった。ほんの一瞬でも、このまま時間が止まればいいのに、だなんて。このまま離れたくないなあ、だなんて。とてもとても贅沢なこと、思ってしまったんだよ。死んでも死神になることはないって無一郎くんに教えてもらったから、多分死んでしまったら、彼ともお別れなんだろう。それは、嫌だなあ。でも、出会えないのは、もっと、もっと、嫌だ。こんな欲張りだから、神様も運命を変えようとはしないのかな。

ねえ、無一郎くん。あなたに最初聞かれた時は全く思わなかったことだけど。わたし、本当は、少し後悔しているのかもしれない。







名前はあの後しばらく蹲っていたけれど、そんなに時間がかからない内にその体を起こした。苦しそうに胸の辺りを押さえているその姿。苗字家の最期は、このようなものなのかとゾッとした。名前は僕と出会ってからも惜しみなくその力を使っていたが、こんな姿を見るのは初めてだった。削られていっている。彼女の命が。ゆっくりと、けれど、確実に。それを、目の当たりにしてしまった。

「ごめん、無一郎くん。もう大丈夫……帰ろうか」

弱々しく笑みを向けてくる。なんで、こんな時も笑うのさ。全然分からないよ。隊服に隠れた手で、背中をさすろうとする。けれど、そこでその手は止まってしまった。先に進まない。僕のこの手で、何ができるんだ。俺は、奪うことしかできないのに。

「名前………力を使うの、やめよう」

随分と弱々しい声になってしまった。これしか言えない自分が、結局は彼女に縋り付くことしかできない自分が、腹ただしかった。ゆるり、とその瞳が僕を捉える。こんな時も泣かないんだね。「それはできないかもなあ」そう言って、また笑うんだ。いつかの、何もかも諦めたような笑顔で。ギュッと自分の拳を握る。歯がゆかった。

苗字家の人間が、同じ運命を辿ってきた理由。みんな、みんな、馬鹿みたいに優しすぎるんだ。自分の命が消える直前でも、誰かのためにその命を使う。名前さえも知らない、誰かのために。血がそうさせているのか。それとも、みんな、馬鹿みたいにお人好しなのだろうか。お願いだ。自分のために、その命を使ってよ。そう言いたいけれど、それは愚問なんだろう。誰かのために、生命を使う。それが、彼らの生き様なんだ。

(なんで、そんな諦められるんだよ、俺は名前に、生きてほしいんだ)

そこで、ふと気がついた。

結局自分は、名前に何かを願うだけだったということに。笑ってほしい、生きてほしい、ずっと隣にいてほしい。願うだけで、何もしていなかった。挙句の果てに、せめて、忘れたくはないだなんて。僕は、死神だから。死を与えることしか出来ないから、何も出来ないって。名前に諦めるなよって思っている自分が、一番諦めていたことに気がついた。


まだ、俺は何もしていないじゃないか。


握っていた拳を解き、彼女の背中を摩る。躊躇うな。怖がるな。奪うだけの俺の手。この手を、彼女は優しいと言ってくれた。そんなことないって思ったのは事実だけど、けれど、すごく嬉しかったんだ。自分でもなんの意味もないと思っていたことに、彼女は、色をつけるように意味を与えてくれた。この手でも、できることは、きっとある。名前が「ありがとう」と僕を見上げる。初めてを、色々と教えてくれた人。大切な人。一人で思い出にしようだなんて、そんなのやめた。俺が、救ってみせるから。


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