むかしむかし、はるかむかしのだれかのおはなしです。
人ならざるものは、ある少女に恋をしました。やさしいやさしい、少女でした。
けれど、その少女には悲しい運命がありました。たくさんの人を救う代わりに、自分は死んでしまうと言うのです。
人ならざるものは悲しみます。やさしいやさしい少女と、生きたいと願います。そして、少女を救うと決心するのでした。
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「無一郎」
頭の中で、優しい声が広がる。なんだ、この声は。どこかで聞いたことがある。優しい男性の声色。
辺りに霞がかかっている。その人の顔が朧気に見える。赤色の瞳…………。
「無一郎」
穏やかに笑っているように見える。けれど、どこか寂しそうだ。なんでそんな顔をしているんだ。その顔、最近よく見る、あの子のものに似ているなあ。
「無一郎、」
霧がいっそう濃くなる。そして、次に現れたのは。
「…………はい、御館様」
主――産屋敷御館様の、優しいお姿だった。
そこでハッとする。そうだ、僕は、御館様の御屋敷にお邪魔していたのだ。名前を救う、そう決めたから。何か情報を得られないかと思い、名前が寝静まった頃を見計らい、やって来た。
「無一郎。どうやら決心したようだね」
「はい」
「……本来は、業務外なんだけどね」
「……はい、もちろん承知の上です」
僕たちが死神一派であることは変えられない。救うなんて、妄言だと思われるだろうか。それとも、重罪になるのだろうか。少なくとも、本来の業務とは真反対。死神という存在そのものを否定するような行動になってしまうのだから。
どんな罪でも背負う覚悟はあった。もう随分と永い間生きてきた中で、初めて救いたいと思った。こんな気持ち、もう二度と出会えないと思う。ならば、最後までもがいてみたい。彼女が運命に命をかけているのなら、俺も、自分の運命をかけたい。
「御館様を裏切る行為になると分かっています。俺はどんな罪も受けます。だから、どうかこんな未熟者をお許しください」
「…………」
跪き、こうべを垂れる。御館様が今どんな顔をしているかは分からない。許しを得るまで、何か情報を得るまで、引き下がるつもりはなかった。
「…顔をあげて、無一郎」
「…」
御館様のお言葉に、顔をあげる。さっき朧気な記憶の中で見つけた、男性と同じ。穏やかな、慈しむような、笑顔だった。
「かわいい子どもの願いだ。私はそれを尊重したい」
「……」
「けれど、私達の任務と無一郎の願いは正反対の所にある。それも、分かっているよね?」
「……もちろんです」
「…………うん。たとえ私が何かを言っても、君の決意は変わることがないようだ。それならもう、何も言わない」
「……!」
「好きなように、やってごらん。無一郎」
目を見開く。その言葉を理解した瞬間、僕はもう一度頭を床につける勢いでさげた。「ありがとうございます…!」
「いいんだ。死神とはいっても、生きているんだから。ここ数日の無一郎は、すごく楽しそうだった。それが、嬉しかったんだ。無一郎の願いは、至極真っ当のことだよ」
「………有難いお言葉です」
「苗字家か……。うん、私が知っていることは、きっともう無一郎に知らせているし、無一郎自身が一番分かっていると思う」
「死期に出会うだけだし、有益なことは、何も分からないんだ。ごめんね」ふるふると首を振る。これ以上情報が見込めないことなど、分かりきっていることだった。「ただね、」御館様が続ける。
「幸せっていうのは、どちら片方だけが感じていても駄目なんだよ。これだけは、覚えていてほしい」
「……」
「二人いるから、初めて幸せになるんだ。ふたり、いるから――」
御館様は、どこか遠くを見つめながらそう小さく呟いた。そのお顔が、あまりにも儚く見えて。思わず息を飲んだ。きっと、御館様には何かが見えていたのかもしれない。それが、何かは分からないけれど。しあわせ。その言葉を、胸の奥にしまい込む。
御館様は、名前やあの記憶の男性と同じ、どこか寂しそうな瞳をしている。見えていたのは、過去の記憶なのだろうか。それとも―――。
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人ならざるものは、大切な少女を救うと決心するのでした。
そう、どんな手段をつかってでも―――。
そして、ときはまわります。めぐってめぐって、もう一度繰り返されるのです。
少女の、なみだとともに。