こんな感情どうしようもないのに


「嫌な面構えをしているなあ、時透」

ソファーに座っている宇隨さんが僕を見つけた瞬間、怪訝そうな顔でそう言ってきた。僕が名前と過ごす間、また新しい仕事を1つ終えてきたと言う。なんだか懐かしい。それほどまで長い間――僕らにとっては刹那ではあるけれど――名前のそばに居るということだ。「お疲れさまです」そう言って、隣に座る。

「……嫌な面構え、ですか?」
「あぁ。久しぶりに会ったが、どうにも顔つきが変わってる。お前は基本表情に出さねえ野郎だが、案外分かりやすいんだな」
「そうですか」
「よくねえ、顔だがな」

ゆっくりと、隣にいる宇隨さんを見上げる。高い視点から僕を見下ろすその双眸。

「何か決心したというか……。いや、どこか吹っ切れた顔というか」
「……」


「お前、何考えてるんだ?」


意思の強い双眸が、僕を捕らえる。

何も言えない。だけど、言わないと帰さない、そう言っているようだった。その迫力に、少し身震いしてしまう。宇隨さんは、僕が口篭るのをただ黙って見ていたが、しばらくするとふいとその視線を僕から逸らした。虚空を見つめながら、ポツリ、呟き始める。

「………なあ、時透。俺はな、お前を恐ろしい奴だと思ってんだよ」
「…はい」
「死神の中では若いのに、いつも飄々としながら任務を遂行していって。情けないことに、俺はお前より長い年月を生きていても、まだ参っちまうことだらけだからな。お前を羨ましいとさえ思っていた」
「……」

宇隨さんは、生粋の人情派だ。任務が終わる度に、ソファーにその身を投げ出しているのを、僕はよく見ていた。あの頃、確かに僕は、そんなの意味がないのに、そう思っていた。命を刈り取る側なのに、命について考えるのなんて可笑しい。考えたところで、仕事は次々に来る。永いながい生命の中で、対象者と関わるのなんて、糸の中の点にも満たないほどの時間なんだ。無駄。意味がない。割り切るのが正解だ。確かにそう思っていて、全てを割り切っていた。あの頃の自分は。

「だから、お前があの娘と出会って、楽しそうにしているって御館様から聞いた時、俺は驚いたよ。あの時透が、らしくねぇなって。でも、それでもいいと思ったんだ、俺は。お前でも、ちゃんとそういう感情が持てるんだって、柄にもなく嬉しいとさえ思った。死神だからって、仕事だからって、割り切れたはずのお前が、俺みたいに苦悩すると思ったら心苦しかったけどな。まあそれも一つの経験だろ、そう思ってたよ」
「…はい」
「……でも、そんな浅い気持ちじゃなかったみたいだってこと、お前の顔を見てすぐに察したよ。嫌な面構えだ。俺が考える中で、――最も、嫌な目だ」
「……」
「お前が、もしも俺の考えている………一番嫌な方を決心しているなら――それは、許さねぇ。それは、俺らの範疇外だ。捨て置かないといけねえことだ。御館様がたとえ許したとしても、――嫌、そこまでは御館様には言ってないだろうが。とにかく、俺は、許せねぇ」
「………」
「お前は俺のある意味での憧れで、いい仕事仲間で、そして、ツレだ。忘れたら承知しねぇぞ」

宇隨さんは僕にそう言うと、立ち上がりその場を去ろうとする。彼の言葉を心の中で反芻し、唇を噛み締める。分かってる。宇隨さんが不器用なりに、俺を心配してくれているということを。僕の変化に戸惑いながらも受け止めて、喜んでさえくれている。そして、その上で、超えてはいけない境界線を、僕に教えようとしている。ただの仕事仲間としてだけじゃない。対等な、死神同士として。嬉しかった。そんな言葉を、怒りながら言ってくれる仲間の存在が。初めてだと思っていた。名前が初めてで、そして最後であるとさえ思っていた。死神としてではなく、僕――時透無一郎として、身を案じてくれる人は。だけど、一番身近な所でこんな風に叱ってくれる人がいた。そのことが、嬉しかった。だから僕は。

「……初めてなんです」
「……」

そのたくましい背中に、言葉を投げかける。

「こんな気持ち、生まれて初めて知りました。―――譲れない、気持ちです」
「……」
「ありがとうございます。だけど、……ごめんなさい」

死神仲間として、本当に大切だからこそ、伝えないといけないと思った。こんなに僕のことを思ってくれている人に、僕も誠意を返さないといけないと思ったから。「……そうかよ」振り返ることのない背中。その声は低く、確かに不機嫌だった。そのまま、静かに去っていく後ろ姿。僕はこの時、確かに線引きをしてしまったのだ。背中を向けて、決して振り向くことがないように、亀裂を作ってしまったのだ。もう、決して戻ることのできない、別れ道を。


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