「納得いきません」
「……」
「どういう事ですか?説明してください」
「……」
「御館様!」
ダン!床に手を打ち付ける。御館様に向かって、大変失礼な行為だとは分かっている。それでも、納得なんてできなくて、冷静な判断力さえなくなっていた。今にも御館様に向かって飛び込んでいきそうなその体を、持てる限りの理性を全てつぎ込んで押さえつけるので精一杯だった。怒りで興奮している僕とは正反対に、向かい合って上座に座っている御館様は静かだった。
「担当を外されてから、彼女との連絡手段も全て断たれていました。…家に行っても既に引越し済みでした。調べようと思っても、なんでか分からないけれど名前のデータだけ全て消えている。理由を説明してほしいです」
「…」
「俺のこと、受け入れてくれましたよね?!嬉しいと、何も言わないと…!嘘だったんですか!」
「……」
「御館様ッ!!」
心拍数が上がる。水族館に行った翌日、僕の前から唐突に名前は姿を消した。連絡がつかなくなり、住居も変わっていた。戸惑う僕に、唐突にそれは突きつけられた。――【時透無一郎を、苗字名前の担当から外すことを命じる。後任に、宇髄天元を任命する】
頭の中が真っ黒になる。なんで、こんな突然に。どういうことか、本当に分からなくて、俺はすぐに御館様の御屋敷に詰め寄った。焦りと戸惑いで溢れている僕とは正反対で、本当にいつも通りの笑顔で「ようこそ、無一郎」とゆったり笑う御館様。それを見て、今回のことはこの方が全て命じたのだと分かった。「話があります」そう言って、客間へと入っていった。
「僕のこと、受け入れてくださったはずじゃないですか。僕はあの時、すごい嬉しかったんです。自分の思いが、彼女への思いが、貴方に認められたんだと。それも全て、嘘だったんですか…?!」
「……」
「お願いします、何かおっしゃってください…!!」
「何を信じればいいのか、分からなくて怖いんです…!」俯いて、拳を痛いくらい握りこんだ。この手から、こぼれ落ちるように呆気なくいなくなった名前。確かに最後の日、繋いでいたはずの小さな温もり。もう握れないなんて、そんなの、受け入れることなんて到底出来やしない。
「無一郎」
「…」
「手が、傷ついてしまうよ。力を抜いて。…そう、いい子。ゆっくり息をしてごらん」
御館様の声色はやはり不思議で、そう言われるとどうしても体の力が抜けていく。息ができないほどの感情で埋め尽くされていたはずの体内に、ゆっくりと酸素が戻っていく。少し冷静さを取り戻した僕の表情を見て、御館様が柔らかく、でもどこか憐れむような笑顔を浮かべる。
「名前さんのことは、本当に申し訳ない。私の気持ちは何も変わっていないよ。無一郎の覚悟も、思いも、本当に嬉しい。大事にしてほしいし、それを止めることなんてできない。信じられないかもしれないけれど、それは本当なんだ。こんなことを無一郎に言うのは酷かも知れないけど、信じて欲しいんだ」
「じゃあ、なんで…」
「名前さんの願いだ。死神は、対象者の望みは叶える必要がある。どんな願いでもだ。だから、こうするしかなかったんだよ」
「名前の……?」
名前の、願い?なんで、どうして。
「だから、ごめんね。無一郎」
僅かに強ばりが取れた俺の手を、そっと握る御館様。白く、儚いその手をぼんやりと見つめながら、あの子の笑顔を浮かべていた。
・
・
・
分からなかった。どうして名前が、いきなり姿を消す選択肢をしたのか。どうして、僕と離れることを選んだのか。だって、生きたいって言っていたじゃないか。あの夜だって、消える前日に2人で行った水族館でだって。嘘をついているような顔には見えなかった。運命をすんなりと受け入れて、何も望まず、ただ静かに死を待っている子だった。そんな子が、生を望むのは相当の覚悟がないとできないことだろう。泣いて僕に縋ってきた名前。あの思いを、願いを、すんなりと消し去ることなんてできるのか。想いあっている事実だってあった。「好き」ってはにかんで呟く顔も、心から幸せそうに笑う顔も、鮮明に思い出される。ほんのつい最近の出来事なのに。そんなにすぐに、僕を手放すことが出来るのか。
「どうなってんだよ……クソッ」
随分最近はご無沙汰になっていた自室で頭を抱える。僕が彼女に接触できないように、手は尽されていた。闇雲に探しても、どうしようもないことは分かっている。考えろ、考えろ。何か、手がかりはないか。
「あ…」
机の上に乱雑に置かれたサメのキーホルダーが見える。僕が、宇髄さんにあげたものだ。名前に送るものでもないからそんなに悩まず適当に買ったもの。その時も名前は僕があげたごまアザラシのぬいぐるみを抱えて顔を埋めていた。「モフモフだね」とずっと笑っていた名前。思い出されるその姿に、胸の奥が痛む。
「………待てよ」
水族館。サメのお土産。そのやり取りをした、大きなあの人の姿を思い出す。待てよ、待てよ。
『ソイツ、あの娘からもらったのか』
『は〜〜っ…。俺の心配とは裏腹に…』
『お揃いなんて、お熱いこった』
――なんで、宇髄さんはお揃いだということを知っていた?
だって、あの時目の前にあったのは僕のストラップだけで。デザインで分かる可能性はもちろんあるが、それでも普通真っ先にそのストラップがお揃いのものかなんて気が付かない。話してもいないのだから。
(話してない)
――そう、僕は。
点と点が繋がった気がする。宇髄さんはあのやり取りの前に、名前と会っている。そこでこのストラップのもう片方を見ていて、それでお揃いだって分かったんだ。
(……確かめなきゃ)
急いで部屋を出る。無我夢中で、走る。