あの日手離した誰かの心臓をずっと探してる


死神一族と苗字家。正反対な両一族は、切っても切れない縁で代々結ばれていた。





「死神様、貴方はとても優しい人でいらっしゃるのね」

緑が立派に生い茂る庭園の傍、縁側で茶を啜りながら、1人の女が微笑む。

「優しい? …そのようなことは初めて言われました」

その隣には背の高い、一つの黒装束の影があった。足を崩し女と同じように茶を啜る。凛とした風貌。穏やかで優しげな佇まいをした男だが、その存在は異質だった。

「私達のような一族にも、最期の瞬間を与えてくれる。世の理から外れた滑稽な一族の、最期の最期にこのような優しい時間をくださるのだもの」

女は穏やかに微笑むが、その命は尽きかけている。悲しい運命を背負った女――はたから見たら笑ってしまうほど哀れな――は、ただひたすらその時を待っていた。

「物心つかない内から両親もおらず、家の中ではただ異質な存在として遠ざけられてきました。死んでも構わなかったのです。死んだように生きてました。――あなたに出会うまでは」

は、と黒装束の男が瞠目して女を見る。女は相変わらず穏やかに笑うだけ。ただ、男には分かった。口下手で、多くは語らない。その分男には、人を見る目があった。相手の表情を見れば、その感情は痛いくらいに伝わってくる。

「あなたは私の人生に、彩りを与えてくれた。あなたと出会えたことで、私の人生に意味ができたのです」

「…意味」

「あなたと話す時間は、とても楽しかった。あなたと話す空間は、とても心地よかった。私は、あなたにお会いするために、産まれてきたのだと思いました」

「…」

「どうしてだろう……。伝えても無駄だと分かっているのに。あなたに、背負わせてしまうのに。分かっていても、最期だと思うと止められないのです」

その女の目は、雄弁に語っていた。男が永く生きる中ではるか昔に置き忘れていた、ひとつの感情。けれど、男は確かにその感情に名前があることを分かっていた。

「お慕いしておりました……心から」

女の柔い手が、男の頬を滑るように撫でた。その瞬間、一粒の、透明な雫が流れ落ちた。男には全てがスローモーションに見えたが、“その瞬間”は存外、あっという間だった。

それだけを伝えた女は、呆気なく――非常に呆気なく、その人生を終えた。パタリ。女の柔らかな肢体が、男の肩に寄りかかる。柔らかくて、温かい。随分と穏やかな表情をしているのに、その瞳が再び開く時は、未来永劫訪れない。そんなこと、分かっていた。分かっていたのに、今初めて男は、その温度に気がついたのだ。

「産まれてきた、意味……」

ポツリとその言葉を輪唱した。初めての言葉をたくさんくれた人だった。死神の自分を、たった1人の“自分”として尊び、慕ってくれていた。随分と昔に置いてきていた“自分”。それを拾い上げてくれたのは、この目の前の女だったのだ。

「―――あ、」

それはもはや、衝動だった。今しがたその感情を思い出したのに、もう既に溢れて止まらなくなった。遅すぎた。随分と永い間生きてきたこの男は、その感情に気がつくのが遅すぎたのだ。
まずは手を握った。小さくて細いその手のひらを、男は縋るように握りしめる。その次に、まだ温かいその身体を、キツくキツく抱きしめた。溢れてくるものが止まらない。もう失ってしまったその命が、男にとってこの世の何にも変え難い、たった一つの宝物だった。それに気がついた時には、既に後の祭りだったのだ。

「……うぁぁっ、」

もう何百年も忘れていた、涙というものの出し方を、この日男は思い出した。“愛おしい”という感情を、取り戻した。

「私もです。私も、お慕いしていました…ッ」
「…」
「目を、目を開けてはくれぬか。どうか、もう一度だけでも――」



それは、遅すぎた恋だった。









男は、その歴史を繰り返さないように、自分の一族に呪いをかけた。今後もしもその女と同じ運命を辿る者がいた時に、二度とこのような悲劇が生まれないように。この永すぎる命に意味を与えてくれたのは、貴方だったから。この命をこれから生きる貴方と同じ血を持った女――苗字家に使おうと考えたのは、至極真っ当だったのか、どこかで釦を掛け違えてしまったのか、今となっては分からない。そうして、時はまた、めぐり巡る。









男はこの命の使い方を、分かっていた。苗字家が力の使い方を血で覚えていたように、記憶が覚えていたのだ。 
女は、苗字家という一族に加えて存外体が弱かった。それでも心が美しく、その心で何度もその男の心を救った。男がその女を守りたいと思ったのも、そのために命を使い果たそうと考えたのも、極々自然なことだった。
たった一つ、大切な者を、この世に残していくと知っていても。

『ごめんな、無一郎』

独り善がりな懺悔。こんな自分を許してほしい。なんとも勝手な願いを零し、それでも振り返ることなく進み続けた。




女は絶望した。自分の運命と男の運命、その両方がねじ曲がってしまったという事実に打ちひしがれた。あなたがいないのなら、この世界に何の意味もない。あなたのためなら、私は喜んで、この命を差し出すだろう。自分の命を散らしたかった。私の幸せは、あなたがいることなのだから。消えない後悔が、女の心の奥底深くにこびり付いている。だから今日も、女は願うのだった。今後、その男と同じ運命を辿る者がいないように。二度とこのような悲劇が生まれないように。ひたすら願っているのだった。


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