「何か、やり残したことはありますか?」
朝一番、寝ぼけ眼を擦りながら、時透さんの言葉を聞く。まだ覚醒しきっていない頭を使い、彼の言葉をもう一度思い浮かべ直す。やり残したこと……。そんなこと、聞いてどうするのだろう。けれど、真面目そうなその表情をみて、これも死神としての仕事の一つなのかもしれないと思った。それなら何か言った方がいいのかもしれないなぁ。時透さん、意外と真面目っぽいし。しっかりとやり遂げたいタイプっぽそうだ。「うーん………」少し考え込みながら、目の前の彼をもう一度見る。休日の今日、こんな朝早くからしっかりと隊服に身をまとい、長い髪の毛も全然ボサボサじゃない。わたしとはあまりに対象的だ。くたびれたパジャマ。寝癖でボサボサの髪の毛。すっぴん。……やり直すとしたら、今この瞬間からやり直したいなぁ。そんなこと言ったら目の前の死神さんに睨まれそうだったから、何も言わずに飲み込んだ。「あんまりない感じですか」……もう一度考え直す。改めて考えると、パッと思い浮かばない。
「他の皆さんは、どんなことされていたんですか?」
「色々でしたよ。美味しいものを食べたい、高級なホテルに泊まってみたい、女性と酒を飲みたい、最期にもう一度パチンコをしたい。……あ、海外旅行に行ってみたいなんてものもありましたね」
「それ全部叶えるんですか?」
「まぁ……。それも仕事の一環ですからね」
「すごいですね」
死神さんも色々と大変なようだ。最期の瞬間まで、対象者に寄り添う。わたしのその瞬間も、社会問題によくあるような孤独死にはならなさそうだなと思い、ホッと息をつく。あまりにも非現実的な話を簡単に受け入れられている、と目の前の彼は驚いたけれど、わたしの力の話も非現実的だし、そういう特異的な状況に慣れてしまっていたのかもしれない。なんでこんなにあっさりと自分の死を受け止められるのか、自分でもよく分かっていないのだけれど……。
『あの子、不気味なのよ。この前息子が怪我したときもおかしな感じがしたし』
『なんか名前ちゃんって、よくわかんない子だよね』
『なおせる? なにそのよく分かんない話。どうせ嘘でしょ?』
『え……。なんか、気持ち悪いんだけど』
今までずっと、一人で生きてきた。自分でもよく分かっていないこの力のせいで、友達もわたしから離れていった。人間は、少数派、それも特殊な人物を排除したがる。わたしは、さぞ不気味な存在だったのだろう。大学に入学してからも、力の存在は明るみにならないように最新の注意を払い、みんなと一定の距離感を保って行動していた。
わたしは、命を与えられるらしい自分自身の命の価値が、よく分からない。
「じゃあ、お願いしたいことが一つあるんですけれど……」
「はい。何なりと」
時透さんは、たくさんの人に寄り添う、立派な人だ。わたしなんか時透さんからしたら哀れな少女でしかないのだろう。だからこそ、なのだろうか。この死神さんは、きっと全てを許してくれる、そうどこかで思ったのかもしれない。
「もう一度、朝の挨拶からやり直したいんです」
目の前の彼が、目を見開いた。綺麗な青色の瞳だ。そんな彼の様子を見て、わたしは薄く笑う。どうせ人生最期なのだ。きっと多少のワガママかって、許されるだろう。開き直ってしまえばいい。
「おはようって、ちゃんと言い合いたいんです。……それで、ご飯を一緒に作ったり、洗濯物を干したり、買い出しとか行ったり…」
ずっと、恋焦がれていたのかもしれない。手を伸ばしても、どうしても、届かないものだったから。布団をぎゅっと握るわたしを、どこかで笑う声がした様に思う。背中を押してくれているのか、それとも、憐れだと嘲笑っているのかもしれない。
―――それでも、いいと思ったから。
「時透さん、わたしの、家族になってくれませんか?」