呪いが光に変わるとき・前



※主人公の過去の話です。拷問表現等出てきますので、閲覧には十分ご注意ください。








冷たいコンクリートの壁と、錆びついた鉄格子の匂い。それが、彼女が世界について最初に知ったすべてだった。



カツ、カツ、カツ――。

規則正しい足音が通路に響くたび、小さな身体は条件反射のように硬直する。
白衣を着た大人たちの顔には、感情というものが一切存在しなかった。

彼女は、生まれつき「不思議な力」を持っていた。
ほんの少しおねだりをするだけで、周りの大人がどうしても言うことを聞いてしまう。
悪意のない、無垢で、けれど奇跡のような天賦の才。

彼女が、まだ自覚さえしていなかった時。
組織が彼女を拉致し、この地下施設に監禁した理由は、まさにその「生まれつきの能力」に目をつけたからだった。

「本日、第123回目の負荷実験を行う。生まれつきの潜在オーラ値は極めて高い。本日こそ完全な『兵器』として覚醒させる」

クリップボードにペンを走らせる音が、ひどく無機質に響く。
組織の目的は、彼女が持つその天賦の才を、人為的な暴力によって「より攻撃的で、絶対的な洗脳能力」へと歪めて改造することだった。

ガチリ、と重い電流のスイッチが入れられた。

「あ、あああ……っ! 嫌、いやぁあ!!」

激痛。肉体を内側から引き裂くような高電圧の負荷が、まだ肉の薄いナマエの身体を容赦なく襲う。

恐怖、絶望、そして終わりを告げない肉体的な苦痛。
それらは毎日、ナマエの精神が崩壊する寸前まで、計算され尽くした配分で与えられ続けた。

「まだだ、出力を上げろ。恐怖心が足りない。生まれ持ったあの力を、生存本能の領域まで追い詰めて爆発させるんだ」

大人たちの冷徹な声が、薄れゆく意識の向こう側で聞こえる。

――助けてくれない。誰も、わたし見てくれない。わたしの声は、誰にも届かない。

(苦しい、いたい、こわい……!)

死の淵に立たされたナマエの脳裏で、生まれ持っていたあの「小さくて優しい力」が、生き延びようとする激しい執着によってどす黒く変貌していく。

(わたしを見て。わたしの言うことを聞いて。わたしをここから出して。わたしを、誰も傷つけられないように、みんなわたしの言う通りになって――!!)

――バキィィィン!!

その瞬間、部屋のすべての計測機器のガラスが割れ、ナマエの身体から、悲しいほどに強烈なオーラが噴き出した。

生まれ持った才能が、絶望のエネルギーを燃料にして、怪物のような「支配の能力」――『心に咲く白百合(ピュア・リリィ)』へと最悪の開花を遂げた瞬間だった。

「実験は成功だ! 生まれつきの素質が、極限の負荷によって完全に『絶対盲従・支配』の能力へと昇華されたぞ!」

マジックミラー越しに狂喜乱舞する所長の声。

しかし、能力が完成しても、実験は終わるどころかさらに加速した。
今度は「どれほどの恐怖を与えれば、能力の出力がどこまで跳ね上がるか」という、より苛烈な検証へとフェーズが移ったのだ。

「実験体4号、部屋に入れ。彼女に向かって武器を構えろ」

冷徹な指示により、訓練された兵士が銃を手に彼女の檻へと足を踏み入れた。
ナマエはただ、怯えた瞳でその男を見上げる。

「こないで……」

ナマエが小さく身を縮め、喉を震わせた。
その瞬間、かつては人を和ませるだけだった彼女の力が、禍々しい波動となって兵士を包み込む。

「……っ! お、俺はなんてことを……!」

男の身体がピきりと硬直した。
引き金にかかった指がガタガタと震え出し、瞳からみるみるハイライトが消え、代わりに狂信的な光が宿っていく。

「申し訳ありません……! あなたを傷つけようとした俺が、悪かった……! あなたを脅かすものは、俺が、俺自身の手で排除する……!」

――パン、と乾いた音が室内に響く。

男はボロボロと涙を流しながら、自分の銃口を自らの顎へと向け、引き金を引いた。
ナマエは短い悲鳴を上げて両耳を塞ぎ、目を強く瞑った。

「素晴らしい! 恐怖心が強ければ強いほど、能力の出力が跳ね上がるぞ! 次は複数を同時に投入しろ。彼女への肉体的負荷も最大にしろ!」

終わらない。
どれだけ力を示しても、この地獄は終わらない。

彼女の恐怖を煽り、能力を極限まで引き出すために、毎日、毎日、新しい拷問と、新しい実験が繰り返される。

部屋に連れてこられる大人たちは、彼女の一言や、彼女の怯えに触れた瞬間に、次々と狂っていった。

「お守りします! あなたのためなら、なんだって!」
「邪魔だどけ! 彼女を一番に愛しているのは俺だ!」
「死ね! 彼女の敵は全員死ね!!」

互いに殺し合いを始める大人たち。

ナマエが生まれつき持っていた、まだ芽が向かう方向さえ決まっていなかった小さな力は、組織の手によって、周囲を狂わせ、自分をも壊していく終わりのない地獄そのものへと作り替えられてしまったのだった。







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