10
深夜。
隠れ家の中は、息を潜めたみたいに静まり返っていた。
昼間の賑やかさが嘘みたいに消えた廊下には、夜の冷たい気配だけが薄く満ちている。
窓の外では月が高く、白い光が細いカーテンの隙間から差し込み、彼女の寝室の床に淡くこぼれていた。
その静けさの中で、ナマエはひとり、悪夢に囚われていた。
小さく眉を寄せ、苦しそうに呼吸を乱しながら、シーツの上で指先をきゅっと縮めている。
「うう……」
喉の奥で潰れたような声が漏れ、閉じた瞼の端から涙がひとすじ、こぼれ落ちた。
眠っているはずなのに、その顔はあまりにも痛々しかった。
まるで夢の中で、まだあの暗い地下に閉じ込められたままみたいに。
音もなく、扉が開く。
足音ひとつ立てずに部屋へ入ってきたのは、キルアだった。
夜の気配そのものみたいに静かにベッドへ近づき、その脇へそっと腰を下ろす。
月明かりが銀色の髪を淡く照らし、その横顔に薄い影を落としていた。
ナマエが恐怖に揺れるたび、部屋の空気がわずかにざわつく。
微弱な“洗脳のオーラ”が、霧みたいに静かに広がっていた。
それはキルアの神経を、細い針でつつくみたいに鋭く刺す。
いつもなら不快そうに眉を顰める程度の、鈍い頭痛。
けれど今のキルアにとって、そんな肉体的な痛みはどうでもよかった。
胸を締めつけていたのは、別のものだ。
ナマエが今もなお、暗闇の中で泣いている。
その事実だけが、息苦しいほど重く胸にのしかかっていた。
眠っているあいだくらい、何も追いかけてこなければいいのにと思う。
せめて夢の中だけでも、痛みも恐怖も届かない場所にいてほしいと。
けれど現実はそう甘くなくて、閉じた瞼の裏にまで過去は入り込んでくる。
そのことが、どうしようもなく腹立たしかった。
キルアはそっと右手を伸ばす。
頬を伝う涙に触れる指先は、驚くほど静かで、やさしかった。
まるで壊れものに触れるみたいに。
まるで、ようやく見つけた小さな灯を、風から庇うみたいに。
「……怖かったな」
落ちた声は、ひどく低く、やわらかかった。
いつもの意地悪で生意気な響きはどこにもない。
水底みたいに静かで、透き通るような声だった。
「もう大丈夫だから」
眠っているナマエに届くはずもない言葉。
それでもキルアは、そう囁かずにはいられなかった。
言葉にしなければ、自分の中に渦巻くものまで暴れ出しそうだった。
守りたいという気持ちと、遅すぎたことへの苛立ちと、彼女をこんな目に遭わせたものすべてへの怒りが、胸の奥で絡まり合っていた。
ナマエの手は、ひどく冷えていた。
悪夢の中で怯えていたせいか、小さな指先はかすかに震えている。
キルアはその手をそっと取り、両手で包み込んだ。
自分の体温を移すみたいに、逃がさないように、でも痛くないように。
そのまま、額を彼女の手へ静かに押し当てる。
月明かりの下で、その姿は祈りみたいだった。
あるいは、誰にも聞こえない場所で交わされる、ひどく個人的な誓いみたいでもあった。
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