要するに「かわいい」ってこと・中
ヨーヨーを引き取ったあとも、ナマエはまだ自分の手を見ていた。
さっきまで重みを受け止めていた手のひらを、そっと開いて、閉じる。
指先に残る感覚を確かめるみたいな仕草だった。
「まだ気にしてんのかよ」
キルアが言うと、ナマエは少しだけ顔を上げた。
「……重かったなって」
「だから言ったじゃん」
「うん。でも、キルアはいつも普通に持ってるから」
そう言って、また視線がキルアの手元に落ちる。
ヨーヨーを軽く持ち直すその指先は、さっきと変わらず迷いがない。
「キルアの手、やっぱりすごいね」
ぽつりとこぼれた言葉に、キルアは少しだけ眉を寄せた。
「またそれ?」
「だって、ほんとにそう思う」
「ただ慣れてるだけだって」
「でも、わたしの手だと全然ちがった」
ナマエはそう言って、自分の手のひらを見下ろした。
その仕草があまりにも素直で、キルアは少しだけ視線を逸らす。
見比べるように自分の手とキルアの手を交互に見ているナマエは、少しだけ迷ってから口を開いた。
「……比べてみたい」
「は?」
「手」
キルアは一瞬黙った。
「なんで」
「どれくらい違うのかなって」
「見れば分かるだろ」
「ちゃんとは分かんない」
ナマエはそう言って、小さく首を傾げた。
ただ気になったから言っただけ、という顔だった。
深い意味なんて何もないのだろうと分かるからこそ、キルアは余計に言葉に詰まる。
「……一回だけだからな」
しぶしぶそう言うと、ナマエの表情が少しだけ明るくなる。
その変化を見た瞬間、キルアはなんとなく負けた気がした。
ヨーヨーを脇に置いて手を差し出すと、ナマエもためらいがちに自分の手を伸ばした。
「こう?」
「知らない。好きにしろよ」
ぶっきらぼうに返すと、ナマエは少し迷ってから、そっと自分の手のひらをキルアの手に重ねた。
その瞬間、キルアは黙った。
やっぱり小さい、と思う。
分かっていたはずなのに、実際に重ねられると妙に意識してしまう。
指の長さも手のひらの幅も自分よりずっと小さくて、少し力を入れれば包めてしまいそうなくらいだ。
そんなことを考えた自分に、キルアはすぐ眉をひそめた。
「……わ」
ナマエが小さく声を漏らす。
「全然ちがう」
「そりゃそうだろ」
「キルアの手、大きい」
「普通」
「普通じゃないよ」
ナマエは真面目な顔でそう言って、重ねたまま指先を少しだけ動かした。
自分の指がどこまで届くのか確かめるみたいに、そっと位置を合わせていく。
その仕草が、妙に丁寧だった。
ただ手を比べているだけなのに触れ方がやわらかい。
何でもないことみたいにしているくせに、ひとつひとつ確かめるように動くから、余計に落ち着かない。
「キルアの手、ちゃんと骨ばってる」
「……何その感想」
「わたしの、あんまりそうじゃない」
ナマエは自分の手を見て、それからまたキルアの手を見る。
その視線の往復に、キルアは何も言えなくなる。
小さい。細い。やわらかい。
頭の中にはいくらでも言葉が浮かぶのに、どれも口に出す気にはなれなかった。出した瞬間、何かがそのまま伝わってしまいそうで嫌だった。
「でも、安心する」
「は?」
「こうしてると」
ナマエは重ねた手を見たまま、静かな声で言った。
「キルアの手、あったかいから」
その言葉に、キルアはわずかに視線を逸らした。
耳の奥が少し熱い。
そんなふうに言われると困るのに、手を引く気にはならなかった。
ナマエは何も気づかないまま、重ねた手を見ていた。
自分より大きい手、しっかりした指、何かを支えることに慣れている手。
さっきヨーヨーを支えられたときに感じた安心がまだ少し残っていて、こうして重ねてみると、その理由が少し分かる気がした。
一方でキルアは、重なった手の軽さを意識していた。
自分の手の下にあると余計に小さく見えて、危なっかしいと思う。放っておけないとも思う。
でも、それをどう言えばいいのかは分からなかった。
だから結局、何も言わない。
代わりに、重ねられた手がずれないようにほんの少しだけ指先の力を調整する。それだけで十分だと思った。
「……おまえの手、細いな」
しばらくして、やっと出てきたのはそれだけだった。
ナマエがぱちりと目を瞬く。
「そう?」
「そう」
「キルアが大きいんじゃなくて?」
「両方だろ」
短いやり取りのあと、また少し沈黙が落ちる。
ナマエは重ねた手を見たまま、少しだけ笑った。
その笑い方がやわらかくて、キルアはまた視線を逸らす。
何でもない顔をしているくせにそういうところがずるいと思う。
無防備で素直で、こっちばかり落ち着かなくなる。
「……もういいだろ」
先にそう言ったのはキルアだった。
けれど、急かすような言い方ではなかった。
「うん」
ナマエは素直にうなずいたものの、すぐには手を離さない。
ほんの一拍遅れて、そっと指先が離れていく。
その名残が、妙に残った。
キルアは何でもないふうを装ってヨーヨーを持ち直す。
ナマエは自分の手を見下ろして、少しだけ笑った。
「やっぱり、キルアの手すごい」
「まだ言うの?」
「うん」
「……変なの」
そう返しながら、キルアは視線を逸らす。
言葉にするつもりはなかったし、たぶんこれからも言わない。
ただ、小さな手が自分の手に重なったとき、妙に目が離せなかったこと。
離れたあとも、その軽さや熱がしばらく残っていたこと。
それだけで十分だった。
だからキルアは何も言わず、ただヨーヨーを指先で回す。
いつも通りの顔をして、さっきまでそこにあった手の感触だけを、なかなか忘れられずにいた。
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