13



痛みなんて、どうでもよかった。

拒絶反応も、洗脳の気配も、そんなものに負けて彼女の手を振りほどく方が、よほど耐えられなかった。
ここで離したら、ナマエはまたひとりで怯える。
人の波の中で押し流されて、呼吸もできないまま、必死に不安を飲み込むことになる。
そんなのは嫌だった。
自分がそばにいるのに、そんな顔をさせるのはもっと嫌だった。

――ふざけんな。

胸の奥で、鋭い意志が立ち上がる。
脳を刺す不快感を、力ずくで踏み潰すみたいに。
自分の中へ入り込もうとする違和感ごと、圧倒的な意志で押し返す。

そしてキルアは、彼女の手をがしっと掴んだ。

「……つ、袖じゃなくて」

少しだけ掠れた声。
それでも、手の力は強かった。

「手、繋いどけ。はぐれたら面倒臭い」

言いながら、キルアはぷいっと顔を背ける。
耳がうっすら赤い。
けれどその掌は、拒絶反応の余韻のせいか、ほんの少しだけ震えていた。

それでも、離さない。

その手は驚くほどあたたかかった。
ただ体温が高いというだけじゃない。
何があっても絶対に離さないと、拒絶そのものを否定するみたいな強い意志が、そのまま熱になって伝わってくるようだった。

ナマエは目を丸くして、その手を見つめる。
自分に触れれば、痛いはずなのに。
不快なはずなのに。
それでもキルアは、振りほどくどころか、もっと強く握ってくれている。

「………うん、ありがとう」

小さくそう答えた声は、まだ少し震えていた。
けれど次の瞬間、ナマエの口元には、ふわりと笑みがこぼれていた。
それは怯えがほどけたあとの、ひどくやわらかい笑顔だった。

その笑顔を見た瞬間。
キルアの脳内で暴れていた拒絶反応が、すっと消えた。
あれほど鋭く神経を刺していた痛みが、まるで最初から存在しなかったみたいに静まっていく。

代わりに胸の奥へ流れ込んできたのは、言葉にできない感覚だった。

あたたかい、と思った。
けれど、それだけでは足りない。
火みたいな熱さではなく、陽だまりみたいなぬくもりでもなく。
もっと静かで、もっと深くて、凍えていた場所へじわじわ染み込んでくるようなあたたかさ。
まるで、冷たい夜の海にひとつだけ灯った灯台の光を見つけた時みたいな。
あるいは、ずっと張りつめていた心臓を、やわらかな手でそっと包まれたみたいな。

キルアは息を呑んだ。

繋いだ手の先にいるナマエを、思わず見下ろす。
彼女はまだ少し不安そうにしながらも、ちゃんと自分の手を握り返していた。
その小さな指先が、信じるみたいに自分へ触れている。

その瞬間、キルアの胸の奥で何かが静かに音を立てた。
まだ名前のつかない、けれど確かに特別な何かが、そこに生まれた気がした。

「……行くぞ」

ぶっきらぼうにそう言って、キルアは前を向く。
けれど繋いだ手だけは、最後まで離さなかった。

人混みのざわめきの中で、そのぬくもりだけが不思議なくらいはっきりしていた。
ナマエにとっては、はぐれないための手。
キルアにとっては、それ以上の意味を持ちはじめた手だった。







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