穏やかな時間は続いた。

ナマエは相変わらず、見つけた店の話をしたり、窓の外の景色の違いに目を留めたりしながら、少しずつ一人でできることを増やしていった。

キルアはそんな様子を、前みたいに必要以上に口を挟まず見守ることを覚えはじめていた。

危なっかしいと思う瞬間がないわけじゃない。
追いかけたくなる衝動が消えたわけでもない。

それでも、帰ってくる場所でいると決めたあの日から、飲み込むべきものと、差し出していい手の境目を、少しずつ測り直していた。

ナマエの「ただいま」を聞くたび、胸の奥に小さく灯るものがある。
それはまだ不器用で、時々ひどく心許ない。
けれど、確かに今の自分たちが積み重ねてきたものだった。


――だからこそ、その連絡を受けた時、キルアは一瞬だけ嫌な予感を覚えた。

端末の画面に表示された名前は、クラピカだった。

短い文面。

【調査していた件で、追加の資料が見つかった。
できれば、今日中に来てほしい。】

それだけだったのに、指先がわずかに止まる。
追加の資料。
わざわざこちらに連絡をしてきた意味、その言葉の重さを、キルアはもう知っていた。

部屋の奥では、ナマエが買ってきたばかりの茶葉を棚に並べている。

振り返れば、いつも通りの穏やかな光景がある。
帰ってくる場所だと、何の迷いもなく言ってくれた声が、ふと胸の奥によみがえった。

キルアは画面を見つめたまま、短く息を吐く。
知らないままでいたくない。
そう思う気持ちは、たぶん今も変わっていなかった。
けれど同時に、知ることで壊したくないものが、もうここにはあった。

「キルア?」

呼ばれて顔を上げると、ナマエが不思議そうにこちらを見ていた。

「……ちょっと出る」

そう言うと、ナマエは小さく瞬いてから、すぐに頷いた。

「うん。いってらっしゃい」

その何気ない声に、キルアは一瞬だけ目を細める。
いってらっしゃい。
帰ってくることを疑わない声だった。

「……ああ」

短く返して部屋を出る。

――帰ってくる場所。

その言葉を、今度は守るだけじゃ足りない気がした。

何が残されていて、何がまだ隠れているのか。
知らないままではいられない。


そうして向かった先で、キルアは見ることになる。

知った気でいて実際は全然知らなかった、ナマエがかつて置かれていた現実を。
キルアの知らないナマエの時間が、記録として残されていたことを。







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