01



そのちいさな建物は、街外れにひっそりと残されていた。

本部は数ヶ月前、キルアによって壊された施設。
表向きにはすでに壊滅し、押収も処理も終わったはずの関連施設だったけれど、クラピカが掴んだ記録では、一部の保管品だけ移送履歴が不自然に途切れていたらしい。
廃棄されたにしては処理番号が足りず、押収済みの一覧とも噛み合わない。
その食い違いを辿った先が、ここだった。

建物の中はひどく静かだった。
使われなくなって久しいはずなのに、ただ朽ちたというだけでは済まない気配が残っている。
人のいない空間に、何かだけが置き去りにされたような、妙に粘つく静けさだった。

クラピカに先導され、四人は奥へ進む。
やがて見つけた隠し階段を下りた先で、空気はさらに重くなった。

薄暗い通路を、四人分の足音が乾いて響いていた。

壊滅したはずの関連施設。
そう聞かされていたわりに、地下へ降りるほど空気は妙に澱んでいて、長く閉ざされていた場所特有の重さが肌にまとわりつく。
壁際に並ぶ古い照明はところどころ死んでいて、点いているものも頼りなく明滅していた。

「……ったく、後味わりぃ場所だな」

先頭から少し遅れて歩きながら、レオリオが露骨に顔をしかめる。
鼻をつく薬品と埃の混じった匂いに、彼は最初からずっと機嫌が悪かった。

「もう使われてないんだよね、ここ」

ゴンが辺りを見回しながら小さく言う。
声はいつも通りだったが、無邪気に弾む感じはない。
彼なりに、この場所に残っているものの質を察しているのだろう。

「表向きはな」

短く返したのはクラピカだった。
手にした資料端末から視線を上げず、淡々と続ける。

「だが、押収記録と照合すると、ここだけ保管品の移送履歴が不自然に途切れている。廃棄されたにしては、処理番号が足りない」

「つまり、なんか隠してるってこと?」
「その可能性が高い」

ゴンの問いに答えながら、クラピカは足を止めた。
通路の突き当たり、他の扉よりひと回り重い金属扉の前だった。
表面には古い封鎖印が残っている。
だがよく見れば、封印は一度剥がされ、雑に貼り直された痕跡があった。

キルアは無言のまま、その扉を見ていた。

嫌な感じがする。
理屈じゃない。
けれど、こういう勘は外れない。
この場所には、ただ古いだけじゃないものが残っている。

「開けるぞ」

レオリオが言うより早く、キルアは扉の脇にしゃがみ込んだ。
錆びついた制御盤に指先を滑らせる。
死んでいるように見えた回路の奥に、まだかすかな生きた反応があった。

「……完全には落ちてねーな」
「いけるか?」

クラピカの問いに、キルアは肩をすくめる。

「時間かかんねーよ」

細い火花が一瞬、指先で弾けた。
次の瞬間、制御盤の奥で小さく何かが焼ける匂いがして、重いロック音が鈍く外れる。

レオリオが「相変わらず便利だな、それ」とぼやく横で、キルアは立ち上がった。

「便利っていうか、力技」
「同じようなもんだろ」

軽口は返ってきたが、誰も笑わなかった。

クラピカが扉に手をかける。
軋んだ音を立てて、ゆっくりと隙間が開いた。
中から流れ出てきた空気は、通路よりさらに冷たく、古い紙と金属、それから微かに消毒液に似た匂いを含んでいた。

部屋は保管庫だった。

壁一面に並ぶ棚。
番号の振られた保管箱。
端末、記録媒体、封緘されたファイルケース。
整然としているのに、妙に息苦しい。
人の気配はないはずなのに、誰かの視線だけが長く残っているような、そんな気味の悪さがあった。

「……うわ」

ゴンが思わず漏らす。

「まだこんなに残ってたのかよ」

レオリオの声も低い。

クラピカはすぐに部屋の中央へ進み、棚の番号と手元の記録を照らし合わせ始めた。
キルアは入口付近に立ったまま、室内をぐるりと見渡す。
どこから見ても、ただの資料庫だ。
だが、胸の奥のざらつきは消えない。

その時だった。

「クラピカ、これ」

ゴンが棚の下段から、薄い箱をひとつ引き抜いた。
灰色の保管ケース。
側面に貼られたラベルは半分剥がれていたが、かろうじて識別番号が読める。

クラピカがそれを受け取り、目を細める。

「……妙だな」
「何が?」
「この番号帯は、能力研究の中でも特定被験体の長期観察記録に使われる分類だ。だが、一覧では欠番になっていた」

レオリオが露骨に嫌そうな顔をする。

「欠番って、わざわざ消してたってことか?」
「おそらくは」

クラピカは箱の封を確かめ、慎重に開いた。
中には紙のファイル数冊と、小型の記録媒体がいくつか収められている。
どれも保存状態が妙にいい。
意図的に残されていたような、不自然な整い方だった。

キルアの視線が、そのうちの一冊に止まる。

白い花の刻印。
小さく、控えめに押されたそれは、装飾というには無機質で、記号というには妙に目についた。

胸の奥が、ひやりと冷えた。

「……それ、見せろ」

自分でも驚くくらい低い声が出た。

クラピカが何も言わず、ファイルを差し出す。
キルアは受け取った表紙を見下ろした。
擦れた印字。管理番号。被験体識別コード。
読めるところだけを追っていく。

そして、次のページを開いた瞬間、指先が止まった。

そこに記されていたのは、見間違えようのない文字だった。

被験体名――ナマエ
能力名――心に咲く白百合(ピュア・リリィ)

空気が、止まった。







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