21
その頃。
クラピカが入手してくれた敵のアジトを目指して、キルアは狂ったように走っていた。
いや、走るというより、雷そのものになっていた。
神速――カンムル。
青白い電撃を纏った身体が夜の大地を裂き、景色を置き去りにして突き進む。
風が肌を切り裂いても、足が軋んでも、そんなことはどうでもよかった。
ただ一秒でも早く、ナマエのもとへ辿り着くことだけを考えていた。
最初、脳の片隅には、かすかに甘い気配が届いていた。
遠く離れているはずなのに、彼女のオーラは細い糸みたいにちゃんと繋がっている。
“キルアを信じてる”
そう言われているみたいな、かすかで、でも確かなあたたかさ。
それが愛おしくて、キルアは走りながらほんの少しだけ口元を緩めた。
――戦ってる。
ナマエが、向こうで必死に耐えている。
なら、自分も応えなければならない。
絶対に間に合う。
そう思った、その瞬間だった。
脳内に、激烈なノイズが叩き込まれる。
「――あ、ぁ……っ!!」
キルアの身体が大きくぶれた。
次の瞬間、その場に激しく膝をつく。
喉の奥からせり上がった血を、堪えきれず吐き出した。
「うあぁぁっ……!!」
あまりにも強烈だった。
いつもの拒絶反応なんか比べものにならない。
脳を刺すどころじゃない。
頭蓋の内側から神経を一本ずつ引き千切られるみたいな、破壊的な痛み。
イルミの針を抜いたあとですら味わったことのない、純度の高い恐怖と激痛が、津波みたいに一気に流れ込んでくる。
それはキルア自身の痛みじゃなかった。
ナマエが今この瞬間、リアルタイムで味わっている苦痛。
引き裂かれるような激痛。
逃げ場のない恐怖。
死がすぐ隣まで迫ってくる、あの冷たい感覚。
それが能力の同調によって、何の緩衝もなく、直接キルアの脳へ叩き込まれていた。
「ハァ、ハァ……っ、なんだ、これ……」
荒い呼吸の合間に、声が掠れる。
「アイツ、今……何をされて……っ」
脳内へ流れ込むオーラの質が、変わっていくのが分かった。
さっきまでかすかに甘かった百合の気配が、少しずつ細く、冷たくなっていく。
まるで冬の朝に凍りつく花びらみたいに、生命の色が失われていく。
能力が暴走しているんじゃない。
違う。
これは、もっと単純で、もっと残酷な現象だった。
ナマエの“念”そのものが、生命エネルギーそのものが、根こそぎ吸い上げられている。
枯れるまで。
空になるまで。
一滴残らず搾り取られるまで。
念の全枯渇。
それが意味するものを、キルアは知っていた。
「……嘘、だろ」
喉の奥がひゅっと狭くなる。
理解した瞬間、全身の血が凍った。
能力が暴走して世界を狂わせているんじゃない。
ナマエは逆だった。
自分の力を世界へ広げないために、最後の最後まで抵抗している。
絶望を撒き散らさないように。
キルアが教えてくれた“あったかい力”のままでいようとして。
そのせいで、自分の命ごと全部吸い尽くされようとしている。
「……っ、死ぬ」
その言葉は、ほとんど悲鳴だった。
「このままだと、オレが辿り着く前に……アイツが死ぬ……!!」
気づいた瞬間、キルアの心臓が恐怖で軋んだ。
世界でいちばん大切なものを、今この瞬間に失うかもしれない。
ようやく見つけた、かけがえのない女の子を。
笑ってほしいと願った相手を。
守ると誓った相手を。
また、自分の手が届かない場所で失うかもしれない。
背後から、ゴンの声が聞こえた気がした。
「キルア、どうしたの!?」
けれど、その声はもう耳に入らなかった。
世界の音が全部遠のいて、残るのはナマエの痛みと、自分の鼓動だけだった。
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