22



キルアは震える右手を見つめる。
あの日、ナマエの手を握った手。
守ると誓った手。
伸ばしても届かなかった手。
その指先が、今はどうしようもなく空っぽに思えた。

「ざけんなよ……!」

涙の滲んだ目で、キルアは叫ぶ。
感情を剥き出しにして、世界の全部を呪うみたいに。

「死ぬな……!」

喉が裂けそうになる。

「絶対死ぬな……!!」

声が震える。

「間に合え……っ!!」

その瞬間、ナマエを失う恐怖が、キルアの中で眠っていた力を限界ごと叩き壊した。

胸の奥で、何かが軋む。
それは怒りだけじゃなかった。
怖かった。
どうしようもなく、怖かった。
自分が一番嫌っていたはずの感情が、今は全身を支配していた。
また失うかもしれない。
また、自分の手が届くはずだったものを、あと少しのところで零してしまうかもしれない。
その想像だけで、呼吸がうまくできなくなる。

脳裏に浮かぶのは、ナマエの泣き顔じゃない。
むしろ逆だった。
夜のリビングで、チョコを口にして少しだけ目を丸くした顔。
人混みの中で、怯えながらも自分の手を握り返してくれた指先。
ベランダで涙を零しながら、それでも嬉しそうに笑った顔。
買い物帰り、胸に小さなお菓子を抱えて「ありがとう」と言った、あの夕暮れの笑顔。
どれも壊れものみたいに儚くて、なのに確かにあたたかかった。
あんな風に笑えるようになったのに。
ようやく、自分の力を呪いじゃないと思い始められたのに。
それをここで終わらせてたまるかと、心の底から思った。

守ると決めた。
あの夜、眠るナマエの手を握りながら、もう二度と怖い場所へ戻させないと誓った。
あれは気まぐれなんかじゃない。
同情でもない。
まして監視なんかであるはずがなかった。

自分でも名前をつけきれないまま抱えてきた感情が、今この瞬間、ひとつの形になって胸の奥で燃え上がっていた。
失いたくない。
誰にも渡したくない。
泣かせたくない。
生きていてほしい。
ただそれだけが、キルアの中の全てだった。

流れ込んでくるナマエの痛みは、なおも容赦なく神経を焼いていた。
視界が明滅し、膝が笑う。
普通なら立ち上がることすらできないはずの激痛だった。
けれど、ここで止まることの方が何倍も恐ろしかった。
自分が痛いとか苦しいとか、そんなことはもうどうでもいい。
ナマエが今ひとりで耐えている痛みに比べたら、自分の痛みなんて数にも入らない。
そう思った瞬間、キルアの中で何かが完全に切り替わった。
限界を守るための理性が、音を立てて焼き切れる。
身体が壊れるかもしれない。
念が尽きるかもしれない。
そんなことすら、もう止まる理由にはならなかった。

轟音。

キルアの全身から、過去最高強度の青白い電撃が爆発する。
髪が激しく逆立ち、足元の地面が耐えきれず砕け飛ぶ。
空気そのものが悲鳴を上げるみたいに震え、夜の闇が一瞬、雷光で真昼みたいに白く染まった。

それはもう、神速の延長ですらなかった。
怒りと恐怖と祈りが、無理やりひとつの形を取った暴走だった。
ナマエを救うためだけに生まれた、一条の雷。

次の瞬間、キルアの姿が消える。

大地を裂き、風を置き去りにし、空間そのものを引き剥がすみたいな速度で、青白い閃光が一直線に夜を貫いた。
ただナマエのもとへ。
ただその命を繋ぎ止めるためだけに。

間に合え。
間に合え。
間に合え。

その願いだけが、雷より速く、キルアの全身を駆け抜けていた。







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