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男は顔を引きつらせながらも、必死に正気を繋ぎ止めた。慌てて叫ぶ。
「く、来るな!」
声が震えている。
「この装置を無理に止めれば、こいつの能力が暴走したまま世界に撒き散らされる! 念の逆流で世界中の人間が発狂するぞ!」
男は唾を飛ばしながら喚いた。
「世界を敵に回す気か、小僧!」
世界が滅びる。
全人類の命が懸かっている。
普通の人間なら、その言葉に一瞬は足を止めるだろう。
大義名分。
犠牲。
より多くを救うために、ひとりを見捨てるという選択。
そういう天秤が、世の中にはある。
けれど、キルアにとっては。
そんな天秤、最初から存在すらしていなかった。
全人類の命がどうなろうと、知ったことか。
世界が壊れようが、滅びようが、そんなものはどうでもいい。
今ここで助けるべきものは、たったひとつだけだった。
泣きながらも幸福を手放さなかった少女。
自分の力を呪いだと思い込みながら、それでも誰も傷つけたくないと願った少女。
ようやく笑えるようになった、その小さな命。
キルアにとって守るべきものは、最初からずっとそれだけだった。
あの夜、月明かりの下で零れた涙も。
人混みの中で縋るように掴まれた服の裾が伸びる感覚も。
震えながら、それでも自分を信じて握り返してくれた手も。
全部、キルアの中に焼きついている。
守れなかったら終わりだと、ずっと分かっていた。
世界の未来なんてものより、あの小さなぬくもりの方が、キルアにはずっと重かった。
誰が何を秤にかけようと関係ない。
自分が選ぶものは、最初からひとつしかない。
ここで手を離したら、二度と自分を許せない。
だからもう、迷う余地なんてどこにもなかった。
キルアは冷酷に、一歩、足を踏み出す。
「知るかよ」
「どうだっていい」
その声には、迷いが一欠片もなかった。
冷たく、鋭く、絶対だった。
「こいつを助ける」
さらに一歩。
雷光が床を焼く。
「それだけだ」
その瞬間、キルアの姿が“光”になった。
消えた、と思う間すらない。
音速すら遥か後ろへ置き去りにする一閃。
視界に残るのは、青白い残光だけ。
男が恐怖を抱く暇も、悲鳴を上げる暇も与えない、純粋な殺意の速度。
「落雷(ナルカミ)――――――ッッッ!!!!」
轟音。
次の瞬間、巨大な雷がアジトそのものへ直撃した。
ドガァァァァァンッッ!!!
世界がひっくり返るみたいな衝撃が走る。
床が裂け、壁が砕け、天井が悲鳴を上げる。
世界中を洗脳しようとしていた巨大増幅装置は、男の肉体ごと一瞬で焼き尽くされ、赤熱した鉄屑へと変わっていく。
溶けた金属がどろどろと崩れ落ち、制御を失ったエネルギーが激しい大爆発を引き起こした。
火花と雷光と爆炎が、地獄みたいに渦を巻く。
その中心で、キルアだけがまっすぐナマエのもとへ手を伸ばしていた。
世界がどうなろうと関係ない。
壊れていくアジトも、崩れ落ちる天井も、焼ける空気も、何ひとつ目に入っていない。
ただ、もう一度だけ。
今度こそ絶対に。
その手を掴むためだけに。
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