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そこにもう念の気配なんてないことを、誰より分かっている。

それでも、そのぬくもりは確かだった。
能力が消えたからといって、ナマエそのものまで消えたわけじゃない。
こうして触れれば分かる。
細い指も、震える手のひらも、泣きそうに揺れる呼吸も、全部ちゃんとここにある。
自分が取り戻したかったのは、最初からこの命だったのだと、キルアは痛いほど思い知る。

「……念なんかなくてもさ」

喉の奥が少し震える。

「お前の手、めちゃくちゃあったけーよ」

その言葉は、静かで、でも絶対だった。

「……ちゃんと、ここもあったけーから…」

握ったナマエの手を、自分の胸に当てる。
能力のオーラなんかじゃない。
洗脳でも、同調でも、奇跡でもない。
ただの人間の体温。
ただ、ここに生きている誰かのぬくもり。

キルアを救っていたのは、最初から歪んだ能力なんかじゃなかった。

ナマエが笑うこと。
ナマエが泣くこと。
ナマエが手を伸ばしてくれること。
ナマエがここにいること。

その全部が、キルアの心をあたためていたのだ。

ナマエの瞳が、涙で揺れる。
信じられないものを見たみたいに、じっとキルアを見つめる。
自分の力がなくなっても、まだ誰かをあたためられる。
まだ、ここにいていい。
まだ、愛してもらえる。
その事実が、長いあいだ心を縛っていた呪いを、今度こそ根元からほどいていく。

キルアはナマエの手を包んだまま、もう一度言った。

「だから……」

今度ははっきりと。
迷いなく。

「生きてりゃいいんだよ」

その一言は、何よりも強い赦しだった。

「お前が生きて、ここにいてくれるだけでいいんだよ!」

堪えきれなくなった涙が、今度はぽつり、ぽつりと彼の頬から落ちていく。
あたたかい涙だった。
怒りでも、悔しさでもなく、失わずに済んだことへの安堵がようやく形になった涙。
助けられた。
間に合った。
その当たり前じゃない事実が、今さらみたいに胸の奥へ押し寄せてきて、キルアの声を震わせる。
もしあと少し遅れていたらと思うだけで、足元が崩れそうになる。
だからこそ、腕の中のぬくもりが信じられないほど愛おしかった。

ナマエはその涙を見つめながら、ふっと力を抜いた。
胸の奥にずっとあった緊張が、ようやくほどけていく。
自分はもう、誰かを狂わせるための器じゃない。
力がなくなっても、空っぽなんかじゃない。
キルアは、そんな自分でも抱きしめてくれる。

「……そっか」

涙に濡れた声で、ナマエは小さく呟く。
その響きは、ひどくやわらかかった。

「……よかった……」

それは、今度こそ心の底からの安心だった。
長い長い悪夢のあとで、ようやく辿り着いた朝みたいな安堵。
ナマエはそのぬくもりに包まれたまま、ゆっくりと目を閉じる。

キルアの腕の中は、驚くほどあたたかかった。
雷みたいに鋭いはずの少年の腕が、今はどんな毛布よりもやさしく感じる。
その胸に耳を寄せれば、早すぎる鼓動がまだどくどくと鳴っていて、ああ、この人も怖かったのだと、ぼんやり思う。

その音に守られるみたいにして、彼女は静かに眠りへ落ちていった。

爆煙の残り香がまだ空気に漂う中で。
崩れた瓦礫の上で。
世界はまだ壊れかけたままだったけれど、その小さな腕の中だけは、不思議なくらい穏やかだった。

キルアは眠ったナマエを抱いたまま、しばらく動かなかった。
まるで、腕の中のぬくもりを確かめ続けるみたいに。
失わなかった命の重さを、何度も何度も自分に刻み込むみたいに。

その胸の奥で燃えていた地獄みたいな怒りは、まだ消えていない。
けれど今だけは、それよりも強く、ひとつの想いが残っていた。
生きていてくれてよかった。
ただ、それだけが。
この小さな存在が、奇跡みたいにあたたかかった。







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