03



黒髪の少年らしいやりとりに、金髪の青年はこめかみを押さえ、背の高い男は「だからお前らは……!」と頭を抱えていた。

けれど、その場でただ一人、銀髪の少年だけは違った。

部屋の壁際に寄りかかるように立ったまま、彼はずっと彼女を見ていた。
いや、正確には、彼女の纏う気配の奥にあるものを見ていた。

他人の悪意や支配、精神への介入に対して、人一倍敏感な感覚。
それが、彼女の能力にだけは微かにざわつく。

神経を細い針で刺されるみたいな、鈍い頭痛。
拒絶するほどではない。
けれど、見過ごせるほど軽くもない。
白く咲いた花の奥に、見えない棘が隠れているみたいな、不穏な違和感。

銀髪の少年は小さく眉を顰めたまま、彼女を見ていた。
睨むようにも見えるその視線に気づいた瞬間、彼女の背筋が冷たくなる。

やっぱり、この人だけは分かっている。
自分が危ないものだと。
ここにいてはいけない存在だと。

「……わたしは」

喉がひどく乾いていた。
それでも、どうにか声を絞り出す。

「わたしは、一人で生きていくから。もう放っておいて」

誰も何も言わない。
彼女は唇を噛んで、震える指先でシーツを握りしめた。

「お願いだから……」

胸を引き裂くみたいな思いでベッドを降り、そのまま部屋を出ようとする。
けれど次の瞬間、目の前に影が落ちた。

銀髪の少年だった。

音もなく、するりと立ち塞がる。
逃げ道を塞ぐその動きはあまりにも自然で、けれど威圧的だった。
彼女が息を呑むと、少年は冷えた声で言う。

「却下」

その一言は、薄氷みたいに鋭く、逃げようとした彼女の足元をぴたりと縫い止めた。

「……え」

「お前みたいなの一人で放っといたら、またロクでもない奴に拾われるに決まってんじゃん」

青い瞳はひどく冷たく見えた。
けれどその奥には、能力に酔った熱も、盲目的な崇拝もなかった。
あるのはただ、危険なものを危険だと見抜いたうえで、それでも見捨てないと決めた、刃みたいにまっすぐな意志だけだった。

「……しばらくは、こっちで見とく」

少年はそう言って、少しだけ顎を上げる。

「文句あんの?」

その言葉は、優しくはなかった。
甘くもなかった。
けれど彼女にとって、それは生まれて初めて向けられた“まともな保護”だった。

能力のせいで壊れた人間たちみたいに、盲目的に崇めるでもなく。
危険だからと切り捨てるでもなく。
怯える心も、厄介な力も、その全部をひっくるめて、ただ一人の人間として扱ってくれる。

その事実に、彼女の喉の奥が熱くなる。
泣きそうになるのを堪えながら、彼女は小さく俯いた。

ここにいるのは、自分の意思じゃない。
この少年が強引に監視すると言うから、仕方なく。
そう思えば、自分を責めなくて済む。
そういう言い訳を、彼はわざと与えてくれたのかもしれなかった。

「……文句、ない」

かすかな声でそう答えると、銀髪の少年は「なら決まり」とだけ言って踵を返す。
その背中は相変わらず素っ気なくて、少しも優しくなんて見えなかった。

それなのに、彼女の胸の奥には、消えかけていた小さな灯が、そっと風から庇われるみたいに残っていた。

背の高い男は大きく息を吐き、「ったく、無茶すんなよ」と呆れたように頭を掻いた。
それから、いつまでも張りつめたままの空気を少しでもほぐすみたいに、わざとらしく肩をすくめる。

「で、いつまでも“あんた”じゃやりにくいだろ」

そう言って親指で自分を指した。

「俺はレオリオ」
「オレ、ゴン!」

間髪入れず、明るい声が重なる。
黒髪の少年――ゴンは、にこっと笑って隣を振り返った。

「こっちがキルアで、あっちがクラピカ」
「勝手にまとめるな」

金髪の青年が少し呆れたように言う。
けれど、その声音は思ったよりやわらかかった。

「……クラピカだ」

壁際に立ったまま、銀髪の少年も短く口を開く。

「キルア」

それだけだった。
けれど、その短い名乗りが妙に彼らしくて、彼女はなぜか少しだけ息をつきやすくなる。

四つの名前が、静かな部屋に落ちる。

今までなら、誰かの名前を知ることは、関係が始まることと同じだった。
近づけば壊してしまうかもしれない相手を、覚えてしまうことでもあった。
だから本当は、知らないままでいたほうがよかったのかもしれない。

それでも、彼女は少し迷ってから唇を開いた。

「……わたしは、ナマエ」

自分の声が、思ったよりも小さく響く。
名乗ってしまった、と思った。
もう後戻りはできないみたいに、その名前が胸の奥へ沈んでいく。

「ナマエっていうんだ。かわいい名前だね」

ゴンの無邪気な一言に、彼女――ナマエは、どう返していいのか分からなくなる。
綺麗だとか、可愛いだとか、そういう言葉はいつだって怖かった。
その先で誰かが壊れていくのを、何度も見てきたから。

けれど今は、不思議と胸の奥がざわつかなかった。
ただ少しだけ、くすぐったいような、落ち着かないような気持ちになるだけだった。

クラピカはそんなナマエの表情を静かに見つめ、レオリオは「ほら、自己紹介も済んだんだから少しは食え」と器を持ち直す。
キルアは何も言わなかったが、もう先ほどみたいな鋭い拒絶の色は、その目にわずかしか残っていなかった。

騒がしい。
勝手だ。
強引で、遠慮がなくて、調子が狂う。

なのに、不思議と怖くなかった。

誰かの期待に応えるためではなく。
誰かを狂わせるためでもなく。
ただそこにいていいと、そう言われた気がした。

もちろん、そんなふうに簡単に信じられるほど、彼女の傷は浅くない。
明日になれば、この場所からも逃げたくなるかもしれない。
少し優しくされただけで、また壊してしまうのではないかと怯える夜も来るだろう。

それでも。

凍えきった夜の底で拾われた命の先に、こんなふうに騒がしくて、あたたかくて、どうしようもなく眩しい場所があるのだと、ナマエはまだうまく信じられずにいた。

奇妙で、落ち着かなくて、少しだけ息苦しくて。
けれど確かに、ひとりではない場所。

それがやがて、自分の世界を根こそぎ変えてしまうことを、この時の彼女はまだ知らない。







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