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キルアと恋人になってからの初めての二人旅は、ナマエにとって何もかもが眩しいものだった。

見上げるほど高いビル。
ガラス越しにきらきらと光るショーウィンドウ。
屋台から漂ってくる甘い匂い。

そのひとつひとつに目を丸くして、子どもみたいに嬉しそうに笑うナマエの横顔を、キルアは何度も盗み見てしまう。

知らない景色に素直に心を動かして、いちいち足を止めて、きらきらした目で振り返ってくる。
そのたびに、キルアの胸の奥は妙にざわついた。

こんなふうに世界を見られるナマエが愛おしい。
同時に、その無防備さごと自分の腕の中へ囲ってしまいたくなる。

そんな相反する感情が、旅に出てからずっと、静かにキルアの中で育っていた。

「キルア、見て。あのお店、すごく綺麗」
「ん。あとで寄る?」
「えっ、いいの?」
「お前が行きたいなら」

そう言うと、ナマエはぱっと花が咲いたみたいに笑った。
その笑顔を見るたび、胸の奥が妙に熱くなる。

守りたい、と思う。
こんな顔を、もう二度と曇らせたくないとも。

曇らせるものがあるなら、全部自分が先に排除してしまいたい。

そんな考えが、あまりにも自然に浮かんでしまうことに、キルア自身もうっすら気づいていた。

人混みの中では、ナマエが不安そうに肩をすくめるより先に、キルアがさりげなくその肩を抱き寄せた。
車道の近くを歩けば自分が必ず外側に回り、知らない男の視線がナマエに向いた瞬間には、何も言わず一歩前へ出てその視線を遮る。

それはもう、癖みたいなものだった。

守るため。
そう言い聞かせれば、たいていのことは正当化できる。
けれど本当は、それだけじゃない。

ナマエへ向けられる視線そのものが、キルアにはひどく気に障った。

「……キルア、ずっとわたしのこと守ってくれてる」

くすぐったそうに笑って見上げてくるナマエに、キルアは少しだけ目を逸らす。

「別に。お前が危なっかしいだけだろ」
「またそれ」
「またって何だよ」

ぶっきらぼうに返しながらも、繋いだ手だけは離さない。
その指先が自分を頼るようにきゅっと握り返されるたび、胸の奥がざわついた。

頼られることが嬉しい。
必要とされることが甘い。

その感覚に溺れそうになるたび、キルアはわざと素っ気ない顔を作る。
そうでもしないと、自分の中の熱が簡単に顔へ出てしまいそうだった。



昼はナマエの希望で、広場の屋台でクレープを買った。
本当はもっとちゃんとした場所も考えていたのに、ナマエは「こういうのに憧れてたの」と少し照れながら笑って、キルアの服の裾を引いた。

「キルアと並んで歩きながら、買い食いしてみたかったの」

その一言で、キルアはしばらく何も言えなくなった。

顔が熱い。
耳まで熱い。

こんなの反則だろ、と心の中で悪態をつきながら、結局はナマエの手を引いて屋台の列に並ぶ。

特別な贅沢なんかじゃない。
ただ並んで、同じものを買って、歩きながら食べるだけ。

でもナマエにとっては、それがずっと欲しかった“普通”なのだとわかるから、キルアは何も言えなくなる。

自分が与えたいと思っていたものを、こんなにも嬉しそうに受け取ってくれる。
その事実が、どうしようもなく胸にくる。

ベンチに座ってひとつのクレープを分け合い、ナマエの口元についたクリームをハンカチでそっと拭ってやった。
そのたびにナマエが嬉しそうに笑うから、余計に困る。

「……キルアって、やっぱり優しいね」
「は?」
「だって、ずっとわたしのこと見ててくれる」
「……見てねーと何するかわかんねーし」

笑いながら肩を寄せてくるナマエの体温が、じんわりと腕に伝わる。
そのぬくもりに気を取られたふりをしながら、キルアは視線だけをわずかに動かした。

少し離れた場所で、ナマエを品定めするような目で見つめていた男たちがいた。

その視線がナマエに触れた瞬間、キルアの瞳からすっと光が消える。

(――何見てんだよ)

声には出さない。
ただ、ナマエに気づかれない角度で一歩だけ身体をずらし、男たちを見返す。

それだけで十分だった。
背筋を冷たいものが走ったみたいに男たちの顔色が変わる。
慌てて目を逸らし、そのまま人混みの中へ消えていった。

「キルア?」

「ん? なんでもねーよ。ほらクレープ、溶けるぞ」

そう言ってナマエの手元を指差すと、ナマエは「あっ」と慌ててクレープを持ち直した。
その隙に、キルアは小さく息を吐く。

こんなふうに、ナマエの知らないところで厄介なものを排除するのは、もう癖みたいなものだった。

危ないもの。
汚いもの。
ナマエを怯えさせそうなもの。

全部、自分の目の届くところから遠ざけてしまいたくなる。

それが正しいのかどうかなんてわからない。

ただ、ナマエが何も知らずに笑っていられるなら、それでいいと思ってしまう自分がいた。

その笑顔の裏で、自分がどれだけ昏いことを考えているのか、ナマエは知らない。
知らなくていい、とキルアは思う。

そんなものまで知ってしまったら、きっとナマエは少しだけ悲しそうな顔をするから。







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