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少しだけ水を飲もうと、キルアはそっとベッドを抜け出した。

気配を消すつもりなんてなかった。
ただ起こさないように、いつもの癖で足音が軽くなっただけだった。

けれど、部屋の空気が変わったのはすぐにわかった。

ベッドの上で、ナマエの指先が不安そうにシーツを掴む。
眉が寄って、呼吸が浅くなる。
眠ったまま、小さく震えている。

「……っ」

キルアの喉が詰まった。

たったそれだけ。
ほんの少し腕を離しただけで、ナマエの身体はこんなにも敏感に反応する。
自分のぬくもりがなくなったことに、こんなにもすぐ気づく。

その事実に、胸の奥がぞくりとした。

――嬉しい、と思ってしまった。

自分がいないと駄目なんだと、そう証明されたみたいで、どうしようもなく安堵してしまった。

次の瞬間、その感情に自分で吐き気がした。

「……何考えてんだよ、オレ」

低く呟く声は、ひどく掠れていた。

こんなの、イルミの兄貴と何が違う。
相手の弱さに安心して、離れられなくして、それで満足するなんて。

守るって言ったくせに。
自由にしてやるって思ったくせに。

結局、自分はただ、ナマエが自分なしで立てるようになるのが怖いだけなんじゃないか。

ベッドの上で、ナマエが苦しそうに小さく息を漏らす。

「……キルア……」

その声を聞いた瞬間、考えるより先に身体が動いていた。

「ここにいる」

ベッドへ戻り、震える身体を抱き起こす。
ナマエは半分眠ったまま、それでも必死にキルアの服を掴んだ。

「やだ……いないの、こわい……」
「悪い。ちょっと離れただけ。どこにも行ってねーよ」

背中を撫でると、ナマエの強張っていた身体が少しずつほどけていく。
胸元に顔を埋めて、ナマエは安心したように息をついた。

「キルアの音、好き。安心する」
「音?」
「うん。歩く音とか、服の音とか……キルアがいるってわかるから」

眠たげな声でそう言って、ナマエはまた目を閉じた。

キルアは暗い天井を見上げたまま、息を止める。

自分の足音。
自分の気配。
自分の体温。

そんなものにまで、この子は安心を預けてしまっている。

いつも怖い夜に抱きしめて、眠るまで離さなかったから。
不安そうな顔をするたび、すぐ隣へ行ってしまったから。
そうやって自分が積み重ねた結果だとわかっている。

わかっているのに、その事実がどうしようもなく甘かった。

「……お前さ。そんなふうにオレばっか頼ってたら、ほんとに離してやれなくなるだろ」

返事はない。
ナマエはもう安心しきって、穏やかな寝息を立てていた。

キルアはその寝顔を見つめる。
無垢で、柔らかくて、自分を疑うことなんて少しも知らない顔。
その信頼が眩しくて、苦しくて、愛おしくてたまらない。

本当なら、少しずつ一人でも平気になれるようにしてやるべきなんだろう。
自分がいなくても眠れるように。
自分がいなくても、怖がらずに夜を越えられるように。

そうしてやるのが、きっと正しい。

でも――。

ナマエが自分の胸元に頬を寄せたまま、無意識に服を握りしめる。
その小さな指先を見た瞬間、キルアは目を伏せた。

「……無理」

吐き出した声は、驚くほど静かだった。

正しさなんてわかってる。
わかってるのに、もう遅い。

自分はヒーローなんかじゃない。
そんな綺麗なもんじゃない。

守ってやりたいと思うたび、同じだけ強く、囲い込んでしまいたくなる。
自由にしてやりたいと思うのに、いざその未来を想像すると、喉の奥がひどく苦しくなる。

キルアはナマエを抱く腕に、ほんの少しだけ力を込めた。
壊さないように。
けれど、逃がさないように。

「……お前が怖がるもん、全部どっかやってやる。だから、せめて……オレのことだけは、怖がんなよ」

その言葉が願いなのか、祈りなのか、あるいは呪いなのか、キルア自身にももうわからなかった。



窓の外では、知らない街の灯りが静かに揺れている。
その広い世界の中で、ナマエは今、自分の腕の中だけをいちばん安心できる場所だと思って眠っている。

その事実が、どうしようもなく甘くて、どうしようもなく危うい。

「ほんと、どうしようもねーな、オレ」

キルアは目を閉じ、ナマエの髪に頬を寄せた。
そして最後まで、腕をほどくことはしなかった。

そのぬくもりは確かに救いだった。
けれど同時に、このまま甘やかし続ければ、いつか檻に変わってしまう危うさも、静かに孕んでいた。







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