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それは、ほんの偶然だった。

旅の途中で立ち寄った小さな町の外れに、古びた礼拝堂のような建物があった。
今はもう使われていないらしく、白い壁はところどころ剥がれ、色の抜けたステンドグラスには細かなひびが入っている。
けれど中へ足を踏み入れた瞬間、ナマエは小さく息を呑んだ。

「……きれい」

差し込む午後の光が、砕けた色硝子を通って床に淡い色を落としていた。
赤、青、金、薄い緑。
壊れかけた静けさの中で、それだけがまだ祈りの名残みたいに揺れている。
朽ちかけた場所なのに、不思議と荒んだ感じはしなかった。
むしろ、長い時間の果てに残った静けさだけが、ひどく澄んでそこにあった。
誰にも使われなくなった祈りの場所。
だからこそ、誰にも見せていない痛みまで、そっと浮かび上がらせてしまいそうな空気があった。

「ただの廃墟だろ」

そう言いながらも、キルアはナマエの歩幅に合わせてゆっくり中へ入る。
床板は古く、踏むたびに小さく軋んだ。
祭壇だった場所の近くには、ひとつだけ奇妙に新しい石台が残されている。
磨かれたように滑らかな黒い石で、表面には見慣れない紋様が刻まれていた。
古びた礼拝堂の中で、そこだけが妙に異質だった。
時間から切り離されたみたいに、冷たく、沈黙したままそこにある。

「何これ……」

ナマエがそっと近づく。
キルアは反射的にその手首を軽く引いた。

「触んなよ。こういうの、ろくなもんじゃない」
「う、うん……」

頷いたナマエは素直に手を引っ込めた。
けれど次の瞬間、床のきしみに足を取られて、身体がわずかに傾く。
咄嗟にキルアが腕を伸ばし、ナマエの肩を抱き寄せた。
その拍子に、二人の手が同時に石台の表面へ触れた。

ひやり、とした感触。

その瞬間、空気が変わった。

「……っ!」

視界がぐらりと揺れる。
礼拝堂の色硝子も、床も、光も、一瞬で遠ざかっていく。
足元が消えたみたいな浮遊感に、ナマエは思わずキルアの腕を掴んだ。
けれどその手の感触さえ、すぐに薄れていく。



音が消える。
光が歪む。
そして次に目を開けた時、ナマエはまったく別の場所に立っていた。







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