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もちろん、そのまま大人しく待っていられるほど、キルアはできた男じゃなかった。

少し時間を置いてから、気配を殺して後を追う。
見つからない距離を保ちながら、ナマエの背中を追いかける。

自分でも呆れるくらい、未練がましい。
信じると言ったそばからこれだ。
それでも足は止まらなかった。
もし何かあったら。
もし怖くなって泣いていたら。
そんな想像をひとつするだけで、じっとしていられなかった。

それなのにナマエは、一度も振り返らなかった。
視線にも、足音にも、気配にも、何ひとつ気づかないまま歩いていく。

「……こんなのにも気づけねーのかよ」

呆れたように胸の内で吐き捨てて、すぐに眉をひそめる。
いや、普通は気づかない。
そんなこと、分かってる。
それでもキルアの中では、気づかないことそのものがひどく危なっかしく思えた。
自分の基準で世界を測ってしまう癖が、まだ抜けない。
だからこそ、ナマエの無防備さが余計に怖かった。



ナマエは案の定、途中で道を間違えた。
分かれ道の前で立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回している。
キルアの足が反射的に前へ出かけた。
けれど、そこで止まる。

ナマエは少しだけ唇を噛んで、それから近くを歩いていたおばあさんに、おそるおそる声をかけた。

「あの、すみません……」

震える声。
でも、ちゃんと自分で言えた。
おばあさんは優しく道を教えてくれて、ナマエは何度も頭を下げる。
その姿を見て、キルアは息を呑んだ。
助けを求めることも、ナマエにとっては簡単じゃない。
それでも逃げずに、自分で声を出した。
その小さな勇気が、キルアには思っていた以上に眩しかった。

また少し歩いた先で、今度は人が増えて、ナマエの足が止まる。
肩がこわばる。
呼吸が浅くなる。

キルアの心臓が跳ねた。
今すぐ行くべきか。
抱き寄せて、連れ帰るべきか。

けれどナマエは、ぎゅっと鞄の紐を握りしめて、目を閉じる。
一度、深く息を吸って。
もう一度、ゆっくり吐く。
それからそっと目を開けて、自分の足で前へ進んだ。

その一歩を見た瞬間、キルアの胸の奥で何かが静かに揺れた。
怖いはずなのに。
不安なはずなのに。
それでもナマエは、自分で歩いている。

嬉しい。
誇らしい。
なのに同時に、少しだけ寂しい。
そんな自分勝手な感情に、キルアは苦く笑った。

守られるだけだったナマエが、今、自分の意志で世界へ手を伸ばしている。

それは本来、喜ぶべき成長のはずなのに、胸のどこかではまだ「自分がいなくても進めるようになるのか」と怯えている。
その幼さを、キルアはもう否定できなかった。



ナマエが入ったのは、島の小さな雑貨屋だった。

ガラス越しに見える店内で、ナマエは真剣な顔で棚を見つめている。
あれでもない、これでもないと迷いながら、何度も手に取っては戻して。
その姿があまりにも一生懸命で、キルアは思わず目を細めた。

やがてナマエは、ひとつの品物を両手で大事そうに持ち上げた。
柔らかな灰色の手袋だった。
くじら島の海風が冷たい朝でも使えるような、あたたかそうな編み目のもの。

ナマエはそれを胸の前で抱えるみたいに持って、店員に何かを尋ねている。
たぶん、サイズだ。
キルアの手に合うかどうか、ちゃんと聞いているのだろう。

その様子を見ているうちに、胸の奥のざわつきが少しずつ静かになっていった。
ひとりで来たいと言った理由が、ようやく形になって見えた気がした。

誰かに言われたからじゃなく、守られたお礼のためだけでもなく、ナマエはちゃんと自分の足でここまで来て、自分の意思で、自分の手で選ぼうとしている。

その事実が、思っていたよりずっと眩しかった。

自分の知らないところで、ナマエがひとつ何かを決めて、ひとつ何かを選ぶ。
それは本当なら、怖いことのはずだった。
置いていかれるみたいで、少し寂しくて、落ち着かなくて。
なのに今は、その選んだ先に自分がいるのだと思うと、胸の奥が、どうしようもなくあたたかくなる。
まるで冬の朝に差し込む陽だまりみたいに、じんわりと、静かに、でも確かに。
ナマエがくれるものは、どうしていつもこんなふうに、自分のいちばん冷えた場所を見つけてしまうんだろう。

「……ずるいだろ」

誰にも聞こえない声で、そう呟く。

ナマエが自分で歩いた先に、自分のためのものがある。
そのことが、たまらなく嬉しかった。

守られているだけじゃない。
ナマエもまた、自分を大事にしようとしてくれている。

その対等さが、キルアの胸の奥に静かに沁みていった。







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