35
一瞬、言葉の意味がうまく入ってこなかった。
「……何が」
「分かんない?」
「意味わかんねー」
反射みたいに返すと、ビスケは小さく息をついた。
呆れたようでもあり、少しだけやさしいようでもある声音だった。
「ほんと鈍いわね、あんた」
「うるさい」
「だってそうでしょう。あの子があんたを頼ると、安心するんじゃない?」
その一言に、キルアの指先が止まった。
ヨーヨーの紐が解けて、手元からするりと滑り落ちる。
膝の上に落ちたそれを、拾う気にもなれなかった。
「……は?」
「自分だけが必要とされてるみたいで」
「そんなんじゃねーよ」
思ったより強い声が出た。
ほとんど反射だった。
ビスケはそれに驚くでもなく、ただ静かにキルアを見る。
「ならいいけど」
「だから違うって言ってんだろ」
「本当に?」
その問いだけが、妙にまっすぐだった。
キルアは眉を寄せる。
喉の奥に、言いようのないざらつきが残る。
違う。
そんなわけない。
ナマエを守りたいのは本当だ。
危なっかしいから見ているし、無理をしそうだから止める。
それだけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
そう言い切りたいのに、胸の奥のどこかがひどく落ち着かなかった。
ビスケはそれ以上追い詰めることはしなかった。
ただ、庭のほうへ視線を戻して、ぽつりと落とす。
「ま、守りたいって気持ち自体は悪いことじゃないわよ」
「……」
「でも、それで安心してる自分まで見ないふりしてると、あとで苦しくなる」
キルアは何も答えなかった。
答えられなかった、のほうが近い。
「よく考えることだわね」
ビスケの言葉は、どれもまだ輪郭の曖昧なまま、胸の内側に引っかかっていた。
意味なんてわからない。
わかりたくもない。
なのに、完全には振り払えない。
「じゃ、あたし行くから」
それだけ言って、ビスケはあっさりと立ち去っていく。
足音が遠ざかっても、キルアはしばらくそのまま動けなかった。
膝から武器が滑り落ちているのはわかっていた。
けれど、さっきまでみたいに手が動かない。
庭のほうから、また笑い声がした。
反射みたいに顔を上げる。
視線の先で、ゴンが何かを言っていて、ナマエが少し困ったように笑っていた。
その表情を見た瞬間、胸の奥がふっとやわらぐ。
ちゃんと笑ってる。
無理してる感じでもない。
顔色も悪くない。
それだけで、ほっとする。
――ほっとする。
その感覚が、思ったよりずっと甘くて、キルアはわずかに眉を寄せた。
ただ無事でいることに安心しているだけ。
そう言い聞かせようとしても、胸の奥に広がる安堵は、それだけでは片づけられない気がした。
ナマエが自分の近くで笑っている。
自分の目の届くところにいて、ちゃんと息をして、穏やかな顔をしている。
それだけで、こんなにも気持ちがほどける。
それはたぶん、普通のことじゃない。
キルアは小さく息を吐いた。
吐き出したはずなのに、胸の奥の重さは少しも軽くならなかった。
庭ではゴンがナマエに何かを手渡している。
ナマエはそれを受け取って、嬉しそうに目を細めた。
その仕草ひとつにまで視線が引かれてしまう自分に、キルアはうんざりする。
守りたい。
それは本当だ。
でも、それだけなら。
ただ無事でいてほしいだけなら。
こんなふうに、笑っているのを見ただけで胸の奥まで甘くほどけたりしない。
「……意味わかんね」
誰に向けるでもなく、低く呟く。
けれどその言葉は、ビスケに向けたものというより、自分自身に向けたものだった。
庭先のナマエが、ふとこちらを見た。
目が合う。
するとナマエは、少しだけ驚いたように瞬きをしてから、やわらかく笑った。
その笑みに、また胸が静かに満たされる。
どうしようもなく、甘い感覚だった。
そしてその甘さが、ひどく気に入らない。
キルアは視線を逸らし、ヨーヨーを拾い直すと、調節の作業を再開する。
けれど、指先はしばらく動かなかった。
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