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何も返してくれないキルアに、ナマエは焦りを覚えはじめた。
急に恥ずかしくなって、視線が落ち着かない。

「……変な意味じゃなくて」

言い訳みたいにそう付け足すと、キルアの喉が小さく動いた。
それから、少し遅れて低い声が落ちる。

「……そんな簡単に信じんなよ」

思っていたより、ずっと苦い声だった。

ナマエは目を瞬く。
責められた、という感じではない。
むしろその逆で、キルアは自分に向かって言っているみたいだった。

「簡単じゃないよ」

気づけば、そう返していた。

キルアの目がわずかに揺れる。

ナマエは籠を抱え直しながら、少しだけ困ったように笑った。

「ちゃんと考えてる」
「……」
「考えて、それでもキルアの言うことなら大丈夫って思うの」

言い切ると、また少しだけ頬が熱くなった。
こんなふうにまっすぐ言うつもりじゃなかったのに、口にしてしまえばもう引っ込められない。

けれど、不思議と後悔はなかった。
本当にそう思っているからだ。

キルアがいると、自分ではわからないことも少しだけ怖くなくなる。
何を選べばいいのか迷うときも、キルアが決めてくれれば安心できる。
それは弱さなのかもしれない。
でも今のナマエにとっては、たしかな救いでもあった。

しばらくの沈黙のあと、キルアはふいに視線を逸らした。

「……ほんと、お前」

それ以上は続かなかった。
呆れたみたいな言い方なのに、声の奥には妙な熱が混じっている。
ナマエにはその意味まではわからなくて、ただ少しだけ首を傾げる。

キルアは小さく息を吐くと、ナマエの手から籠を半分奪うように持ち上げた。

「それ、運ぶなら一緒に持つ」
「え、持てるよ」
「さっきふらついてたやつが言うな」
「……それは、そうだけど」

結局、二人で籠を持って歩くことになる。
少しだけおかしくて、ナマエは小さく笑った。

隣を歩くキルアは、相変わらずぶっきらぼうな顔をしている。
けれど、その横顔を見ていると、さっきまで胸の奥に残っていた情けなさが、少しずつ薄れていくのがわかった。

止められたことも。
支えられたことも。
決めてもらって安心してしまうことも。

本当なら、もっと恥ずかしく思うべきなのかもしれない。
けれど今は、それより先に、隣にいることへの安堵のほうが大きかった。



ナマエが先に部屋を出ていったあとも、キルアはしばらくその場に立ち尽くしていた。

さっき触れた腰の細さが、まだ手のひらに残っている気がする。
少し力を入れれば簡単に支えられてしまうくらい軽くて、不安になるほど頼りない。

――キルアが決めてくれると、安心する。

その言葉が、何度も頭の中で繰り返される。

胸の奥が、ひどくやわらかく満たされる。
それはたぶん、嬉しいという感情に近かった。
信じられていること。
頼られていること。
自分の言葉ひとつで、あの子が安心した顔をすること。

そんなもの、嬉しくないはずがない。

けれど同時に、その満たされ方がひどく気に入らなかった。

自分が言えば従う。
自分が決めれば安心する。

そんなふうにまっすぐ信じられて、胸の奥が甘くほどける自分が、どうしようもなく嫌だった。

本当なら。
本当なら、少しずつ自分で判断できるようにしてやるべきなのに。

頼られることに安堵して、委ねられることに満たされて。
そんなのは、守るって言わない。

「……最悪」

低く吐き捨てるように呟いても、胸の奥の熱は消えなかった。

扉の向こうから、ナマエの小さな足音が聞こえる。
それだけでまた意識がそちらへ向いてしまう自分に、キルアは眉を寄せる。

ほんとに、どうしようもない。

そう思うのに。

それでも、彼女が自分を信じてくれることが、たまらなく嬉しかった。







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