38



夜半を過ぎた頃から、風の音が変わりはじめた。

最初は、窓の外で木々が少し強く揺れているだけだった。
けれど時間が経つにつれて、その音はだんだん鋭くなっていく。
枝葉の擦れるざわめきに、雨粒が窓を叩く音が混じり、家そのものまで小さく軋みはじめた。

ナマエは布団の中で目を開けた。

暗い天井の向こうで、風が唸る。
雨が窓を打つ。
遠くで、低く鈍い音が鳴った。

雷だ。

その瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。

まだ遠い。
今のは、まだ遠くの空だ。

そう思おうとするのに、身体はもう先に強張っていた。
布団の端を握る指先に、じわりと力が入る。

大丈夫。
ここはくじら島で、あの場所じゃない。
閉じ込められているわけでもない。
誰かが来るわけでもない。

頭の中で何度もそう繰り返す。
けれど、雨音が強くなるたび、風が窓を揺らすたび、その言葉は薄く頼りなくほどけていった。

また、雷が鳴る。

今度はさっきより近い。
空気を震わせる低い音が、床を伝って身体の奥まで響いてくる。

ナマエは思わず肩をすくめ、布団の中で小さく身を丸めた。

嫌だ。

その感情だけが、はっきりと胸の中に浮かぶ。

雨の匂い。
湿った空気。
暗い部屋。
何かが来る前の、息を潜めたみたいな静けさ。

断片的な感覚が、ひとつずつ蘇ってくる。
冷たい床の感触。
逃げ場のない狭さ。
息を殺しても消えない気配。
痛みを与える存在を、震えながらただ待つしかなかった時間。

違う。
今は違う。

そう思うのに、身体が言うことをきかなかった。

稲光が、窓の向こうを白く裂く。
その直後、耳をつんざくような雷鳴が落ちた。

びくりと全身が跳ねる。
喉の奥がひゅっと狭くなって、うまく息が吸えない。
視界の端がじわじわ暗くなり、耳の奥では自分の鼓動ばかりが大きく響いていた。

怖い。
怖い、怖い。

頭の中で、言葉にならない声が反響する。
ここがどこなのか、今がいつなのか、わからなくなりそうだった。
布団の中にいるはずなのに、冷たい床に膝をついている気がする。
暗い部屋のはずなのに、もっと狭くて息苦しい場所に閉じ込められている気がする。

呼吸が浅い。
うまく吸えない。
胸が苦しい。

ナマエは震える手で布団を押しのけた。
じっとしていられなかった。
このままここにいたら、何かに飲み込まれてしまいそうで、ただ無我夢中で身体を起こす。

足が床についた瞬間、ひやりとした感触が這い上がってきて、また過去の記憶が重なった。
息が詰まる。
視界が揺れる。

そのとき、廊下の向こうで何かが動く音がした。

足音。

誰かがこちらへ来る。

その気配に、ナマエの身体は反射的に強張った。
助けだと認識するより先に、恐怖が先に立つ。
近づいてくるものすべてが怖かった。

誰なのかわからない。
わからないまま、扉が開く音がして、暗がりの向こうに人影が立つ。

「ナマエ」

呼ばれた。

けれど、その声さえ一瞬うまく届かなかった。







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