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ナマエが寄せた身体を、キルアはすぐに受け止めた。
今度は迷いなく、けれどやさしく。
壊れものを抱えるみたいに、そっと腕の中へ引き寄せる。
その胸に額が触れた瞬間、ナマエはようやく息を吐いた。
浅く乱れていた呼吸が、少しだけ外へ出る。
「大丈夫」
耳元で、キルアの声がする。
「オレがいる」
その言葉に、ナマエはキルアの服をぎゅっと掴んだ。
まだ震えは止まらない。
外では雷も鳴っている。
雨音も、風の唸りも消えない。
それでも、さっきまでとは違った。
キルアの腕が背中にある。
胸の奥に響く鼓動が聞こえる。
肩口に触れる体温が、ここが今いる場所なのだと教えてくれる。
「……こわ、かった……」
ようやく絞り出した声は、ひどく幼く震えていた。
キルアは何も笑わなかった。
ただ、背中をゆっくり撫でる。
「うん」
「わかんなく、なって……」
「うん」
「ごめ……」
「謝んなくていい」
きっぱりと言われて、ナマエは目を閉じた。
また涙が滲みそうになる。
さっき、一瞬だけわからなかった。
キルアのことさえ、怖くて、誰だか判別できなかった。
あんなにキルアの足音に安心していたのに、それにも気がつけなかった。
そのことが遅れて胸に刺さる。
けれどキルアは責めない。
責めるどころか、ただここにいてくれる。
「ゆっくり息して」
低い声が、すぐ近くで落ちる。
「吸って。……吐いて」
その声に合わせるみたいに、ナマエは震える息を吸う。
うまくできなくても、キルアは急かさない。
背中を撫でる手のひらが、一定の速さで上下する。
そのリズムに引かれるように、少しずつ呼吸が戻っていく。
吸って。
吐いて。
もう一度。
外ではまだ雷が鳴っている。
けれど、その音はもうさっきみたいに世界の全部ではなかった。
キルアの声がある。
体温がある。
腕の中にいるとわかる。
それだけで、現実が少しずつ輪郭を取り戻していく。
ナマエはキルアの服に顔を埋めた。
濡れてはいないはずなのに、雨の夜の冷たさを追い払うみたいに、その体温へ縋ってしまう。
「……キルア」
呼ぶと、すぐに「ん」と返ってくる。
その短い返事が、ひどくやさしかった。
「ここに、いて……」
掠れた声でそう言うと、キルアの腕にわずかに力がこもる。
「いる」
迷いのない返事だった。
「どこにも行かない」
その言葉に、ナマエの喉がまた熱くなる。
怖さが完全に消えたわけじゃない。
まだ身体は震えているし、雷が鳴るたびに肩も揺れる。
それでも、もうさっきみたいにひとりじゃなかった。
キルアがいる。
それがわかるだけで、呼吸ができる。
ちゃんと、今ここに戻ってこられる。
ナマエはキルアの服を握る指に、さらに力を込めた。
離したくなかった。
少しでも離れたら、またあの暗闇に引き戻されてしまいそうで。
キルアは何も言わず、その手ごと包み込むように抱き寄せる。
背中を撫でる手はずっとやさしくて、声は低く、一定で、何度も「大丈夫」と繰り返した。
そのたびに、ナマエの中の恐怖は少しずつほどけていく。
雨はまだ降っている。
風も、雷も、夜の外では荒れたままだ。
けれど、キルアの腕の中だけが、切り取られたみたいにあたたかかった。
ナマエは目を閉じたまま、小さく身を寄せる。
完全に落ち着いたわけじゃない。
でも、もう離れたくないと思った。
この声が聞こえる場所にいたい。
この体温のそばにいたい。
そうしないと、うまく息ができない気がした。
キルアの胸元に額を押しつけたまま、ナマエは震える息をひとつ吐く。
その呼吸に合わせるように、キルアの手がまた背中をゆっくり撫でた。
「……大丈夫」
もう一度、耳元でそう囁かれる。
ナマエは返事の代わりに、キルアの服を握る手を離さなかった。
そのまま、嵐の音の向こうで、少しずつ呼吸だけが揃っていった。
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