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キルアの腕の中で、ナマエはまだ小さく震えていた。
呼吸は少しずつ落ち着いてきている。
けれど、完全には戻りきっていない。
外ではまだ雨が窓を叩き、遠くで雷が低く鳴っていた。
嵐は去りきっていない。
それでも、さっきまで世界の全部みたいに思えた恐怖は、今はキルアの体温の外側に押しやられていた。
ナマエはキルアの服を握ったまま、額をその胸元に押しつける。
耳を澄ませば、鼓動が聞こえる。
一定の速さで打つその音が、乱れた呼吸を少しずつ現実へ引き戻してくれた。
背中を撫でる手は、ずっとやさしい。
急かさず、離さず、ただここにいると教えるみたいに何度も往復する。
「……もう、平気?」
耳元で落ちた声に、ナマエは小さく頷いた。
けれど、服を掴む手は離せないままだった。
キルアはそれを咎めなかった。
むしろ、離さなくていいと言うみたいに、抱く腕の力をほんの少しだけ強める。
そのことが、また胸の奥をじんわりあたためた。
しばらくして、ナマエは掠れた声でぽつりと呟く。
「……キルアの声、聞こえたら」
言葉が途中で止まる。
まだ喉がうまく開かない。
それでもキルアは急かさず、静かに待っていた。
ナマエはキルアの服を握る指先に力を込める。
あの暗闇の中で、自分を現実につなぎ止めてくれたものを思い出す。
「戻れた」
短い言葉だった。
けれど、それを口にした瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなる。
キルアの手が、背中の上でぴたりと止まった。
ナマエは気づかないまま、続ける。
「最初、ほんとに何もわかんなくて……」
「怖くて、苦しくて……」
「でも、キルアが呼んでくれたら、ちゃんと戻れたよ」
言いながら、また少しだけ震えがぶり返す。
思い出したくない感覚が、まだ身体のどこかに残っているのだろう。
キルアは何も言わず、止まっていた手をもう一度ゆっくり動かした。
そのやさしさに甘えるみたいに、ナマエはさらに小さな声で言う。
「……キルアじゃなきゃ、だめだった」
その瞬間、キルアの呼吸がわずかに乱れたのがわかった。
ナマエははっとして顔を上げる。
近い距離で目が合う。
暗い部屋の中でも、キルアの瞳がひどく強い色をしているのがわかった。
何か言おうとして、でも言葉が見つからないみたいな顔だった。
ナマエは少しだけ不安になって、服を握る手にまた力を込める。
「……あの、ね、変な意味じゃなくて」
言い訳みたいにそう言うと、キルアの眉がわずかに寄った。
「そういうこと、言うなよ」
低い声だった。
責めているわけじゃない。
けれど、ひどく切実で、苦しそうだった。
ナマエは目を瞬く。
キルアは視線を逸らさないまま、喉の奥で息を押し殺すみたいに一度黙る。
「そんなふうに言われたら……」
そこで言葉が切れる。
ナマエは何も言えず、ただ見つめ返した。
外で、遠く雷が鳴る。
その低い音が消える頃、キルアはようやく、諦めたみたいに息を吐いた。
「離せなくなる」
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