07



キルアのそばにいると、怖いだけだった夜が少し違って見えた。

真っ暗な海みたいだった時間の中に、ぽつりぽつりと小さな灯りがともっていく。
それはまだ頼りなくて、触れれば消えてしまいそうな光だったけれど、それでも確かに、ナマエの孤独を照らしはじめていた。

月明かりの下で向かい合って、同じ箱の中のチョコを分け合う。
たったそれだけのことなのに、その時間はどこか特別だった。
昼間のように誰かの声が重なることもなく、笑い声に紛れて気持ちを隠す必要もない。
静かな夜の中では、沈黙さえも二人のあいだにやわらかく落ちた。

ナマエが言葉を探して黙り込んでも、キルアは急かさなかった。
キルアがふいに遠い目をしても、ナマエは無理に覗き込まなかった。
そういう距離が、少しずつ形になっていく。

気づけば、ナマエはキルアの前でだけ、ほんの少し肩の力を抜けるようになっていた。
怯えを完全に手放せたわけではない。
今でもふとした瞬間に、自分の能力のことを思い出して、胸の奥が冷たくなる。
それでも、夜食の時間だけは違った。
チョコの甘さと、月の白い光と、隣にいるキルアの気配が、その冷たさを少しだけ遠ざけてくれる。

笑うことも、前より怖くなくなっていた。

ほんの少し口元が緩むだけで、キルアが「なに笑ってんだよ」と眉をひそめる。
けれどその声は本気で怒っているわけではなくて、ナマエはまた小さく笑ってしまう。
そんなやり取りを繰り返すうちに、張りつめていたものが、少しずつほどけていった。

キルアもまた、彼女の変化に気づいていた。

怯えた小動物みたいに張りつめていたナマエが、夜食の時間だけは少しだけ表情をやわらげる。
チョコを口に入れたあと、ほっとしたみたいに息をつく。
自分の前でだけ、ほんの少しだけ無防備になる。

そのたびに、胸のどこかが妙にあたたかくなった。

守ってやりたい、と思った。
今までより、ずっと強く。

この小さな笑顔が曇るたび、胸の奥がざわつく。
怯えた目をすれば、そんな顔をさせたものを全部壊してしまいたくなる。
泣きそうな声を聞けば、二度とそんなふうに震えなくて済む場所へ閉じ込めてしまいたくなる。

それが危うい感情だということを、キルアは知らないわけではなかった。
自分の中にあるものが、綺麗なだけではないことも。
守るという言葉の裏に、独占にも似た熱が混じりはじめていることも。

けれど、その感情にまだ名前はついていなかった。

ただ、月明かりの下で二人だけの秘密がひとつ増えるたび、孤独だったはずの夜が少しずつやわらかく形を変えていく。
ナマエが隣に座る。
キルアが箱を差し出す。
甘い匂いがふわりと漂って、短い言葉と沈黙が静かに重なる。

それだけのことが、どうしようもなく大事になっていく。

夜は相変わらず静かだった。
窓の外には遠い月があって、白い光が床を照らしている。
世界は何も変わっていないように見えるのに、その小さな光の中でだけ、二人のあいだに流れるものは確かに変わりはじめていた。

それだけは、たしかだった。







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