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雨の音は、少しずつ遠のいていた。
さっきまで窓を激しく叩いていた雨粒は、今はもう細く静かな音に変わっている。
風も弱まり、時折家の外で葉が揺れる気配がするだけだった。
嵐はまだ完全には去っていない。
けれど、あの息もできないほどの恐怖は、もう部屋の外へ押しやられていた。
部屋の中には、二人分の呼吸だけが残っている。
キルアの腕の中で、ナマエはゆっくりと目を閉じた。
さっき交わしたキスの熱が、まだ唇の奥にかすかに残っている。
好きだと言われたことも。
自分も好きだと返したことも。
全部がまだ夢みたいに胸の中であたたかかった。
キルアの胸に頬を寄せると、鼓動が聞こえる。
一定の速さで、静かに、でもたしかに鳴っている。
その音を聞いているだけで、乱れていた呼吸がさらに落ち着いていくのがわかった。
背中に回された腕は、あたたかくて、少しだけ強い。
けれど苦しくはない。
むしろ、その強さごと包まれているみたいで、ナマエは小さく息を吐いた。
怖かった。
本当に、怖かった。
何もわからなくなって、目の前のものさえ判別できなくなって、息もできなくて。
あのままひとりだったらどうなっていたのか、考えたくもない。
でも、キルアが来てくれた。
声をかけてくれて、名前を呼んでくれて、ここにいると教えてくれた。
その声に引き戻されて、腕の中で呼吸を取り戻して。
そのあと、好きだと言われた。
思い返すたびに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
怖さの名残とは違う、やわらかい熱だった。
ナマエはキルアの服を握っていた手の力を、少しだけ緩める。
完全には離せない。
でももう、さっきみたいに必死に縋るためじゃなかった。
ただ、ここにいたいと思うから触れていたかった。
「……キルア」
小さく呼ぶと、すぐ近くで「ん」と返事が落ちる。
その短い声が、ひどく安心する。
ナマエは少しだけためらってから、胸元に顔を寄せたまま呟いた。
「もうちょっと、このままがいい」
言ってから、少しだけ恥ずかしくなる。
甘えすぎかもしれないと思った。
けれど今は、離れてひとりで眠ることを考えるだけで、胸の奥がまだ少し冷える。
するとキルアは、間を置かずに答えた。
「……うん」
それだけだった。
でも、その返事には迷いがなかった。
ナマエはほっとして、目を細める。
キルアの腕が、ほんの少しだけ抱く力を強めたのがわかった。
そのことさえ、今は心地よかった。
「安心する」
ぽつりとこぼれた本音に、キルアは何も言わない。
ただ背中を撫でる手だけが、ゆっくりと一度動く。
ナマエはその手のひらの感触に目を閉じた。
好きだと言われたことが嬉しい。
好きだと返せたことも、ちゃんと嬉しい。
それに、こうして抱きしめられていると、胸の奥に残っていた怖さまで少しずつほどけていく。
もう大丈夫かもしれない。
少なくとも今夜は、ちゃんと眠れる気がした。
キルアのそばなら。
その考えはあまりにも自然に胸へ落ちてきて、ナマエは自分でも少し驚く。
でも、否定したいとは思わなかった。
むしろ、そう思えることがうれしかった。
キルアの鼓動を聞きながら、ナマエの意識は少しずつやわらかく沈んでいく。
雨音は遠い。
風の音も、もう怖くない。
あたたかい腕の中で、身体の力が抜けていく。
「……おやすみ」
眠りに落ちる手前で、掠れた声のままそう言うと、頭の上から小さく息を吐く気配がした。
「おやすみ」
返ってきた声は低くて、ひどく近かった。
それを最後に、ナマエの意識はゆっくりと眠りへ沈んでいく。
キルアの服を指先でつまんだまま、安心しきった子どもみたいに、何の警戒もなくその体温へ身を預けて。
やがて呼吸が、静かに深くなった。
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