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彼女の真っ直ぐな思いを聞いた時。
ああ、と思った。
自分はずっと、閉じ込めなくちゃ失うと思っていた。
でも違ったのかもしれない。
彼女は、自分の足で歩けるようになっても、それでも帰ってきてくれるのだと。
そう信じても、いいのかもしれない。
愛されることは、縛ることと同じじゃない。
選ばれることは、閉じ込めた結果じゃなくても起こりうる。
その当たり前を、キルアは今ようやく身体の奥で理解し始めていた。
キルアはしばらく何も言えなかった。
喉の奥が、少しだけ熱い。
うまく息を吐けなくて、視線を落とす。
やがて、少しだけ掠れた声で言った。
「……じゃあ、信じる」
ナマエがやわらかく笑う。
「うん」
「お前がちゃんと歩いて、それでもオレのとこ戻ってくるって」
「うん」
少しだけ間が空いて、キルアは目を逸らしたまま付け足した。
「……でも、甘やかすのはやめねーから」
「ふふ、うん。そこは知ってる」
二人で笑う。
その笑い声は、雨上がりの空気の中で、ひどくやわらかく響いた。
夕暮れの海沿いの道を、二人は並んで歩く。
ナマエは自分の足で歩いている。
キルアはその歩幅に合わせて、隣を歩いている。
繋いだ手に、手袋越しのぬくもりがある。
その熱が、じんわりとキルアの胸の奥まで満ちていく。
ナマエが見上げてくる。
「キルア、あったかい?」
キルアは少しだけ照れたように目を逸らして、それでもちゃんと答えた。
「……うん。すげー、あったかい」
それが手袋のことなのか、ナマエのことなのか。
たぶん、もうどちらでもよかった。
くじら島の夕焼けの中、二人の影は寄り添うように長く伸びていく。
ナマエは自分の足で歩いている。
キルアはその歩幅に合わせて、少しだけゆっくり隣を歩いている。
繋いだ手は、離れない。
けれどそれはもう、どこかへ逃がさないための強さではなかった。
何度でも並んで歩くための、やわらかくて確かなぬくもりだった。
かつてナマエは、暗い地下室の中で、誰かの都合のためだけに生かされていた。
かつてキルアもまた、血と呪いと罪悪感の中で、自分の手を信じられずにいた。
そんな二人が今、こうして同じ夕焼けの下を歩いている。
能力なんてなくてもいい。
完璧に強くなんてなれなくてもいい。
傷が全部消えなくたっていい。
それでも、帰りたいと思える場所がある。
帰ってきてほしいと願う相手がいる。
そのことだけで、人はきっと、もう一度ちゃんと生きていける。
キルアは手袋をはめた手で、ナマエの手を少しだけ握り直した。
そのぬくもりは、ナマエがくれたものだった。
血の記憶を持つこの手を、あったかいと言ってくれたナマエが、今度はその手を守るものをくれた。
その事実が、胸のいちばん深いところまで、静かに熱を灯していく。
ナマエがくすぐったそうに笑う。
キルアも、つられるみたいに小さく笑った。
これから先もきっと、何度だって不安になる。
甘やかしすぎる日もあるだろうし、手を離すのが怖くなる夜もあるだろう。
すぐに何もかも上手くいくほど、器用な二人ではないから。
それでももう、二人は知っている。
愛は檻にもなりうるけれど、ちゃんと選び直せば、居場所にもなれるのだと。
潮風が、やさしく二人のあいだを吹き抜ける。
夕焼けに染まった海の向こうで、今日がゆっくりと終わっていく。
その隣で、ナマエは笑っている。
キルアの隣で。
自分の足で立ちながら、それでもちゃんと、彼の手を取って。
かつて二人は、それぞれ心の中に檻を抱えていた。
ナマエは、能力と恐怖と見捨てられる不安の檻。
キルアは、愛するものを囲い込まずにはいられない衝動の檻。
けれど今。
二人はその檻を、傷つけ合うためではなく、抱きしめ合うことで壊していく。
それは檻ではなかった。
何度でも帰ってこられる、たったひとつの場所だった。
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