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 店員に頼んで救急車を呼んで戻ってくると、じじいとナマエの間には微妙な雰囲気が流れていた。気まずい、というほどではないのに、どこか気まずさが漂っているような気がしてしまう。単刀直入にどうしたと聞くと、ナマエが控えめに、けれどはっきりと笑った。


「なんでもないです。少し、お互いの反省をしてしまって……ジョースターさん、こういう話は後にしましょう」

「……そうじゃな。今はやらねばならないことがたくさんある」


 やはりおれが感じ取った気まずさは間違いではなく、二人の間では何か話がこじれたのだろう。そして今のところはおれに言うつもりもないようだった。だが別段、不満はない。個人的な意見の違いは誰との間にだって生じるものだろうし、その全てを仲間内で共有しなければいけないということもない。その遺恨を残して仲間割れや生命の危機を招くようなことがなければ、別に構わなかった。真正面からすべてを暴かねば納得いかないほど子供でもない。


「アヴドゥルさんのことはお任せします。わたしは、花京院さんたちを追いたいと思うのですが……」

「そうじゃな……本当なら危ないから、と言いたいところだが、それじゃあなんのために来てもらったかわからん。ナマエちゃん、よろしく頼む」

「はい」

「ただし、きみは英語も話せないし、一人じゃあ危ないのは皆一緒だ。承太郎と向かいなさい」

「わかりました。お願いします、空条さん」


 ああ、そう言って頷けば、ナマエは車椅子に座り直した。足は大丈夫なのか、と問おうとしたが、本人がけろりとしているので聞くのはやめておいた。痛みを忘れているのならその方が幸せだろうし、ナマエの能力は有能だ。なるべく来てもらえた方がいい。
 おれを見上げたナマエと目が合う。行こうと言うことだろう。おれが車椅子の後ろに立つと、ナマエはあっちです、と指をさした。ナマエがじじいに頭を下げるのを確認してから、押し始めた。ナマエは前を向いたまま、はっきりとした口調で話し始めた。


「既にジョースターさんには話しましたが、今回の敵は二人いるようなのです」

「……そうか」

「一人はご存知のようですからいいとして……もう一人はホル・ホースという金髪の男です。テンガロンハットを被っていて、エンペラーという銃のスタンドでした。もし会うようなことがあれば警戒してください。弾もスタンドですから動きます」

「ああ、わかった」


 その弾がアヴドゥルを撃ち損じたこともわかった。黙り込み考えながら、走りはしないもののそれなりに速いスピードで車椅子を押していく。花京院がいるからポルナレフも無茶はしないだろうが、J・ガイルの鏡を使うという能力は謎が多く、安心はできない。
 そもそも鏡を使う、というのはどういう原理なのか。おれたちのスタンドのように、空間にそのまま存在している、というわけではないのだろう。鏡の中に潜む、とでも言うのか。まるで御伽噺だが、そう言ったスタンドがないとは言い切れない。しかしその場合、攻撃するときは鏡の中から出てくる必要があるのではないか、という疑問も浮かんでは消える。直接会ってみなければわからない、か。
 そんなおれの思考に割り込むように、ナマエのはっきりとした声が響いた。


「J・ガイルの能力から察するに花京院さんたちは、反射するものがないところへ逃げたのではないかと」

「………反射?」

「……水溜まりやガラスにしか映らない何か、ということのようですから、反射する何かがないといけないのではないかと。ですから、人工物のない場所に向かったんだと思います」


 急ぎましょう、そう言った声には焦りが感じ取れる。何、と具体的なものを提示できるわけではなかったが、ナマエの何かが変わったような気がした。
 しかしそんなことよりもナマエの言葉の、妙な間が気になった。もしかしたら妙な間、というのも、ナマエの考察に思考が追いつかなかったおれの気のせいかもしれない。けれど、気のせいではないかもしれない。
 まるで、何かを隠しているようだ。仲間になったばかりとは言え、仲間は仲間だ。疑ったり探りを入れたりなんてことは、できることならばしたくはない。けれど、それでも。なぜ隠しているのかではなく、何を隠しているのか知らなければいけないような気がする。
 だが同時に、仲間と言えども他人である。しかも出会って一週間も経っていない他人に踏み込ませるなど、全くの論外だ。誰にでも言いたくないことの一つや二つ、それなりに生きてくればあるものだろう。だから、聞かない。今は。聞くべき時期が来るだろう、きっと。


「空条さん、あれ!」


 ナマエが発見したのはポルナレフと花京院の後ろ姿だった。ナマエからは見えないであろうことを理解しながらも一つだけ頷き、足早に二人に近付いていった。砂利が車椅子のタイヤに擦れる音で、ポルナレフと花京院が振り返る。


「ポルナレ、………」


 ナマエが呼びかけて、止めた。おれの目線の先にあるのは、死体だった。穴ぼこが身体中に開いた死体の足が柵のようなものに引っ掛かり、頭を下にしてぶら下がっている。むごたらしい、死体。事故であるはずも、自殺であるはずもない、殺された人間。恐らくナマエの目にも、同じものが写っていることだろう。
 静寂。嫌な空気がこの場を支配していた。ポルナレフは固まったまま、ぴくりとも動けずにいる。その気持ちは肌を刺すように伝わってくる。息をすることさえ、恐ろしい静寂。


「…………、ポルナレフさんたちは」


 びくり、ポルナレフの肩が揺れるのを見た。逸らされていた目線がゆっくりとナマエに向けられる。その顔には焦燥や後悔、不安などがはっきりと現れていた。これは恐れている表情だ。何を恐れているかなんて、言うまでもなく。次のナマエの言葉で、全てが決まるのだろうと思った。


「ポルナレフさんと、花京院さんは、大丈夫ですか」

「………あ、ああ」

「そうですか」


 ──なら、よかった。ナマエの言葉にポルナレフが目を大きく見開いた。
mae ato

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