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「なら、よかった」


 そうやって言ってナマエちゃんは、目を細め口の端を持ち上げて笑った。……J・ガイルのやつの死体を見たとき、確かにナマエちゃんは大きく目を見開いていたのだ。死体にショックを受けていたはずだ。おれが殺したこともわかったはずだ。
 ──ようやく仇を殺せたという達成感が、一気に冷えていく。殺したことを間違いだとは思わないのにたまらなく怖くなった。たかが一人の女の子に否定されることなど大したことなんてないはずなのに、ナマエちゃんの言葉が怖かった。それもこれも、ナマエちゃんの優しさが、正論だからだ。
 殺しちゃいけない。普通のことをおれが破った。おれは殺した。仇だ。妹の仇だ。だから当然なのだとおれが言う。でもそれは正しい行いだろうか。正しいわけがない。だって殺しだ。殺した。おれが。
 だから、とてつもなく怖かった。なのにナマエちゃんは死体のことなど、おれが殺したことなど何も言わずに、おれたちの心配をして笑った。ホル・ホースの銃ひとつでがくがくと震えていたミョウジちゃんが。それは諦めたようにも見える笑顔。おれは、


「でもポルナレフさん、酷い怪我ですから早く病院に行った方がいいんじゃあないでしょうか」


 ああ、そうだな、と頷いた。ナマエちゃんに目線を向けられない。承太郎が車椅子を押しながら、先を歩いていくのに安堵した。チラリとJ・ガイルを一瞥。仇なんだ。死んで当然の男だった。殺していいはずだ。そうだ。
 深呼吸をして、そしてゆっくりとした歩調で、ふたりのあとを追った。心配そうに花京院がおれを見ていた。それに言葉を向けるわけでもなくおれは無言を貫いた。頭の中が混乱している。


「待ちな、追ってきたぜ」


 後ろからホル・ホースの声。やはり、ナマエちゃんはホル・ホースを倒せなかったようだ。それでも時間稼ぎをしてくれたのだから、きちんとお礼を言うべきだろう。……なんて言うんだよ。きみのおかげで人を殺す時間ができたよ、ってか?
 後ろを少しだけ見れば、ヒュンヒュンとスタンドの銃を馬鹿みたいに右に左と振り回している。ナマエちゃんを庇っていたようだから多少まともなやつだと思っていたが、口元をニヤつかせながらガラスをばらまいている様を見ればそういった感情も失せていった。


「花京院、あいつ馬鹿かもな」

「そうですね、おめでたい男だ。J・ガイルが死んだことにまだ気づいてないで、ヤツのためにガラスをまいてますよ」


 花京院が軽蔑と呆れの混ざる表情をしている。おれもそれには同感だった。チャリオッツをピシィッと構えれば、ホル・ホースは驚いたように周りをキョロキョロと見渡し、J・ガイルの名前を何度も呼んだ。当然J・ガイルは出てこない。死んでいるから。そのことをはっきりと伝えても往生際悪く、ハッタリは通じないとゲスのような笑い方をする。


「ポルナレフ、じょーだんきついぜ、ヒヒ」

「2〜300m向こうにあのクズ野郎の死体がある……見てくるか?」


 指差すとホル・ホースは少しの思案の後、よし見てこよう! などと馬鹿なことを言って、走り去ろうとした。それには一瞬呆気に取られたが、なんて野郎だ、と追いかける。しかし逃げた方向は運良く、いや、運悪くも承太郎が進んだ方だった。こちらを確認するように振り返ったホル・ホースに、戻ってきた承太郎が顔に一発お見舞いした。その後ろにはジョースターさんがナマエちゃんの車椅子を押している。


「ジョースターさん!」

「ひィィィィィィ」

「アヴドゥルのことはナマエちゃんから聞いて、すでに知っている。彼の遺体は簡素ではあるが埋葬して来たよ」


 その言葉にナマエちゃんが目をキツくつむり俯いた。花京院がアヴドゥルに起きたことを話しながら冷淡にホル・ホースを見つめている。おれを庇って、アヴドゥルは死んだ。事実が頭を突き刺して、花京院のどうするかという発言にチャリオッツを出す。


「おれが判決をいうぜ…………──“死刑”!」

mae ato

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