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 原作の流れを考えるのならば、承太郎とジョセフがいずれアヴドゥルのいるここに来るだろう。ジョースター家の血筋は常時DIOに監視されている可能性があるし、信頼してもらえない可能性も高い。かくいうわたしもホル・ホースを信じきれているかと言われれば、素直には頷けない。それでも表面上は原作と大して変わりがないのだからこれでいいのだろう。
 何にせよ、このような状況での二人との鉢合わせは絶対に避けたい。だからこそ早々にホル・ホースを花京院たちのもとへ向かわせることにした。


「とりあえず、どんな様子か見てくるぜ。J・ガイルの野郎が圧倒的ならポルナレフたちに加勢する……が、J・ガイルを倒しているようなら……」

「花京院たちにちょっかい掛けたら逃げ帰ってください」

「了解」


 じゃあな、そう言って額の上にキスをし、ホル・ホースは去っていった。不意打ちのデコチューはわたしの心臓に相当な衝撃を残していったが、呆然としている暇はない。本来ならアヴドゥルをホル・ホースに運んでほしいぐらい、早く病院に向かわなければならないのに、このままでは何もできやしない。深呼吸をしてからヴィトを呼び出した。


「ヴィト」

「是」


 音もなく現れたヴィトをゆっくりと見上げる。クリーチャーと言って差し支えないわたしの化身。わたし。くすりと笑みがこぼれた。笑っている場合なんかじゃないのに。
 つきりと痛む足を擦り、質問を口にした。ヴィトはどこまでの能力を発揮できるのだろうか? そんな疑問を心に浮かばせながら。


「出来ないなら仕方ないんだけど……痛覚を止めてもらうことは、出来る?」

「可能」


 止めるという能力がどこまで及ぶのかわからなかったが、どうやら可能なようだ。言ってみるもんだな……自分のスタンドながら、すごすぎて笑っちゃうね、これは。
 ヴィトはわたしの額に自分のおでこをコツンとぶつけた。超至近距離の顔、凄まじい。うわあ、歯並びいいんだね。そのまま食べられてしまいそうで、背中がぞわぞわしてきた。しかしそれは一瞬のことで、ヴィトは完了と呟くとすぐさまわたしから離れた。わたしは恐る恐る足を下ろし、車椅子から立ち上がる。さっきまでの痛みはもうない。
 しばらく歩いていなかった足には先程までの急激な動きがよっぽど堪えたようで、怪我をしていた足の裏だけでなく、ふくらはぎや関節がぎしぎしと痛んでいた。けれどヴィトの能力が効いたらしく、今は本当に痛みがなかった。でも、これはこれで、危ない気がする。痛いっていうのは身体からの危険信号だとか言うし、あまり頻繁に使わない方がいいだろう。
 さて、痛みがないことがわかればやることは一つだ。倒れているアヴドゥルをどうにか車椅子に乗せようと試みる。けれど、わたし一人のひ弱な力ではなかなか気を失った人間は持ち上がらない。だからって何もしない理由にはならないけれど。


「…………っ、おん、もい……!」

「ナマエちゃん!」


 ジョセフが実にいいタイミングで声をかけてくれて、思わず力が抜ける。アヴドゥルを引きずることすらできなかったわたしの前から、ジョセフと承太郎が走ってきた。横たわったままのアヴドゥルを見て、ふたりはとても大きく目を開いた。そうだよね、頭から血を流してるし、わたしもこの状況を知らなかったら驚いてたと思う。


「ア、アヴドゥル! ナマエちゃん、アヴドゥルは!?」

「アヴドゥルさん、額を撃たれましたが、生きてます。逸れたみたいで、だから、アヴドゥルさんを急いで病院に」


 わたしの言葉を遮って、ジョセフが、ああ! と力強く頷いた。ジョセフは承太郎に救急車を呼ぶように指示し、承太郎は頷く間もなく近くの店に入っていく。ジョセフがアヴドゥルの怪我や状態を確認する間、ここで起きたことを、ホル・ホースが裏切ったこと以外を正しく伝えた。伝えきると、ジョセフはゆっくりとわたしを見た。その目には申し訳なさが滲んでいるようで困惑した。


「ナマエちゃん、すまん」


 とても辛そうな顔でわたしに言うものだから、理解できなかった。どうしてわたしに謝るの? アヴドゥルのことじゃなくて、わたし? 呆然とするわたしに、ナマエちゃん、と言いながら頭を撫でてくる。理解できていないわたしは、ただただ見上げていることしかできなかった。


「我々が全員でポルナレフのところに行ったりなんてしたせいで君はさらわれてしまった。すまない」

「え!? え、え、いや、別に、ジョースターさんたちのせいではないと思いますけど……」


 ぎゅ、と眉間に寄せられたシワがどういう意味を持っているのか、わたしには全くわからない。謝られても正直、困る。ジョセフがさらったと言うのなら別だが、犯人は多分J・ガイルだし、迷惑をかけたという意味ではわたしの方が悪いだろう。ただ単に車椅子から飛び降りるだけでよかったのに、わたし動けず動揺しているだけだったのだ。


「わたしが一番足手まといでしたから、向こうがわたしを狙うのは当然でしょう? だからその、一人にならなくてもきっと、さらわれてしまったのではないかと」

「わしらがいれば、少しは今よりもましな事態だったろうと思ってしまうんじゃが、……」

「………そうかもしれませんが」


 思い上がりじゃあ、ないのか。なんてひどい言葉が一瞬だけ出掛かって、それを飲み込んだ。あのときにポルナレフがいても、花京院がいても、ジョセフがいても、アヴドゥルがいても、承太郎がいても、きっとわたしはわたわたして泣きかけながら捕まっていたと思う。仮に車椅子から落とされてどこかに置いておかれても、結局わたしは何かしらの攻撃を受けていたことだろう。そうでなくともアヴドゥルはホル・ホースに撃たれていたそんな考えは、言葉にせずに体内だけで消化するに至った。絶対に言葉に出来ないものが、浮かんでは消えた。

 もう、筋書きはあるんだから。
mae ato

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