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 至近距離でチャリオッツを振りかぶられたというのに、ホル・ホースはこっちを見たりはしない。本当に命をかける気なのかとすこしだけ驚いた。だからこそ信頼に答えるべきだと思いネーナが来なければヴィトをけしかけるつもりでいたのだが、幸いにも原作通り彼女が飛び込んできてくれて助かった。どうやら面倒なことにはならないようだ。ポルナレフの足にしがみついた彼女を見るなり、ホル・ホースは素早く立ち上がり馬に乗って逃走した。


「逃げるのはおめーを愛しているからだぜ、ベイビー。永遠にな!」

「野郎! 待ちやがれッ!」

「ああ……うう!」


 追いかけようとしたポルナレフに引きずられネーナが怪我してしまうが、頭に血が上っているポルナレフは手を振り上げようとした。わたしの後ろにいたはずのジョセフがポルナレフを制し、ネーナの処置をする。たしかこのときに……血がついたんだっけか? ちゅみみ〜ん、ってね。あれ、気持ち悪いよね。一応ジョセフに血が着いたことを伝えて拭かせたが、効果はあるのだろうか。うーん、わからない。


「先をいそがねばならんのだ………もうすでに日本を出て、15日がすぎている。ポルナレフ、怪我は平気か?」

「…ああ、病院に行くほどじゃない」

「わかった。ならポルナレフと承太郎は聖地ベナレスへの手配をしてきてくれないか? わしと花京院はナマエちゃんの抜糸だけ済ませてくる。駅で合流しよう」


 ああ、そうだった、抜糸なんてイベントもありましたね、わたし。縫っているときには完全に気を失っていたせいか、抜糸が地味に怖い。だって、自分の皮膚に糸が通ってるんだよ? 怖すぎるでしょう。そんな緊張に気付かない花京院は、後ろに立ち車椅子を押し始める。ううう、成人してるし入れっぱなしにしておくわけにはいかないし、行きたくないなんて言えない。ポルナレフたちとネーナ、それから周りに誰の姿も見えなくなったところで、ジョセフが口を開いた。


「花京院、アヴドゥルのことじゃが」

「………あ、はい。アヴドゥルさんは亡くなったんです、よね」

「いいや、生きとるよ」

「へっ?」


 後ろを振り向いてみると、花京院が普段は見せないような隙だらけの表情で呆然としていた。反対にジョセフは少しだけしたり顔で、にたりと笑っている。悪戯好きと言えば可愛いが、人の生死に関わることなので根性が悪いと言った方が正しい気がする。ただまあ、ジョセフは悪い人ではない。どっちかと言えばいい人なので、チャームポイントとして受け入れられる。そういうところ、得してるよなあ、ジョセフ。羨ましい。


「ホル・ホースがおったからな。アヴドゥルには少しの間、安心して別行動を取ってもらうつもりなんだ」

「そうですか、よかった……本当に」

「検査はいるだろうが、命に別状はないようだよ」


 そうなるだろうと思っていたわたしでも、やはりジョセフの言葉を聞いてほっと一安心した。かすっただけとはいえ、頭を撃たれた瞬間を見ているわたしの肝は冷えっぱなしだったのである。しかしながらわたしを慈しむように見るジョセフの目線は、受け入れ難い。ゆっくりと目をそらし俯いた。
 病院につくと早々に処置室へと送られてしまう。ジョセフが一度来たとき、既に話を通しておいてくれたらしい。そういうお気遣いが逆に心を折られるよ……うう……一人じゃないからいくらか心の緊張もほぐれるが、それにしたってもう抜糸……わたしまだ心の準備が……!
 俯きっぱなしのわたしを心配したようにジョセフが覗き込む。うう、イケメン。でも心は休まらない。抜糸怖い。


「ナマエちゃん、顔色が悪いように見えるんじゃが大丈夫か?」

「ば、抜糸って、やっぱり痛い、ですよね……?」

「ああ、抜糸が怖いのか! 大丈夫、そんなに痛くないぞ」


 本当かなぁ……絶対嘘でしょ……。胡乱な目で見ていると、花京院が噴き出した。噴き出すほどわたしの表情が面白かったのだろうか。そんなでもないと思うんだけど。
 ああ、いやだな。胃を痛くしながら待っていると、少しお偉いさんな雰囲気のお医者さんがやってきて、ちょちょいのちょいと足と手のひらの抜糸を終わらせてくれた。本当に痛くなかったことに感激していると、二人がほほえまし気にこっちを見ていることに気が付いた。は、恥ずかしいが……?
mae ato

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