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 抜糸も済んだので、わたしたちはアヴドゥルのところに少しだけ顔を出すことにした。自分の足で歩くのは、なんとなくふわふわした感じがしてしまう。さっき歩いたときはアヴドゥルも倒れていて緊張していたから感じなかったのだろうなあ、と思ってからハッとした。
 わたし、痛覚止めっぱなしだった。そりゃ抜糸も痛くないわけだわ。このまま再度戦闘になったときに痛みを止めっぱなしだと攻撃に気が付かない可能性すらある。危ない危ない。早いところ、解除しないと。でも痛覚止めてたとか言ったら何か怒られそうだから皆の前では解除しづらいので、アヴドゥルに会う前にトイレに行かせて貰った。個室に入るなり、ヴィトを出す。個室で二人っきりってちょっと怖い映像だね、これ。


「ヴィト、能力解除してくれる?」

「是」


 ヴィトの言葉を聞いた瞬間、痺れるような痛みが復活した。あーうん、しっかり止まってたね。地味な筋肉痛より痛い。お礼を言ってからヴィトをしまい、一応手を洗ってからトイレを出た。
 ジョセフたちと合流して、転ばない様に意識しながら歩いているうちに、アヴドゥルの病室に到着していた。集中治療室などではなく、一般的な普通の病室であったのには驚いたが、更に驚いたのが既にアヴドゥルが上半身を起こし、意識を取り戻していたことだった。


「ア、アヴドゥルさん……もう大丈夫なんですか?」

「私は大丈夫だ。心配かけてすまなかったな。ナマエこそ、もう歩けるようになったのか。大丈夫か?」


 頭に包帯を巻いた重傷のアヴドゥルに、抜糸が済んだだけの自分が心配されるはめになるとは思わなかったが、こくこくと頷いておく。弛んでくる涙腺をぎゅっと引き締めてから、もう一度視線を包帯へと向けた。少しも血が滲んでいない包帯は真っ白で、逆に痛々しい。アヴドゥルに向かって頭を下げる。


「アヴドゥルさん、ごめんなさい」

「………は?」

「ナマエちゃん?」

「その傷は、わたしが敵に捕まったり、役に立てなかったりしたせいです。どう考えたってホル・ホースはわたしと相性がよかったし、止められたはずなんです。本当に、申し訳ありませんでした」


 原作に忠実な方向に進んでいるとはいえ、本当に死ぬ可能性だってあった。それどころかわたしが関わったせいで本当に死んでしまったかと思った。だけどあの時のわたしはアヴドゥルの生死など考えられるような精神状態じゃなかったし、例え動けたとしてもわたしはその前に自身の行動を決められていなかった。せめてどう行動するかを決めえていたら、少しでも早く動けたかもしれない。
 実際はどうだ。わたしは攫われて、敵に送られて、パニックを起こして、場をごちゃごちゃに掻き回しただけだ。
 だから謝りたかった。受けなくてもいい傷を負ったことについて、どうしてもわたしが許せなかった。自己満足かもしれない。許してほしいなんて口が裂けても言えない。それでも謝らずにはいられなかった。
 わたしが、この旅に参加した理由は、助けたかったからだ。なのにあのざまだ。自分に向けられたわけでもないのに、怯えて、精神ぐちゃぐちゃになって、何もできなくて、隅で震えていただけだ。わたしの行動は何もしないより、ずっと悪質だった。


「ナマエのせいじゃあないだろう」


 アヴドゥルがそう言った。たしかに、アヴドゥルからしたら、年下の女の子が攫われた被害者なのに謝ってきているという印象でしかないだろう。でも実際はそうじゃない。わたしは知っていることを話さないと選択して、彼をひどい目に遭わせたのだ。わたしは、十分に、加害者だ。


「わたしの対応が悪かったんです。ホル・ホースのことに関しては、どうしたってわたしに非があります」


 頑ななわたしの反応に、アヴドゥルが困ったようにため息をついた。けが人にプレッシャーをかけたいわけではなかったので、慌てて顔を上げる。想像通りに、彼は困った顔をしていた。


「…………弱ったな、ナマエは頑固だから譲る気はないんだろう?」

「はい」

「さらわれたのは私たちのせいでもある。それでチャラにしてくれないか」


 言葉の選び方が上手だなあ、と感心してしまう。順番が違えばわたしが断ることもわかっていて、さらわれたことを後に持ってきたのだろう。でも、困り顔のアヴドゥルを半ば無視するようにはっきりと言う。


「無理です」


 周りが呆気に取られるのがわかったが、わたしは引く気は毛頭ない。さらわれて結局敵に助けられてなにもされなかったわたしと、助けに来てくれたのに見捨てられたアヴドゥルが同じなんてことがあっていいはずがない。誰が許してもわたしは許さない。許されたいわけではないから余計に。実に自分勝手だ。迷惑をかけた上に我儘を言っている。それでも。怪我をしていたから? 女だから? 子どもにしか見えないから? そんな理由で許されていいはずなんてない。命はそんなに軽いものではないはずだ。


「本当にごめんなさい。あなた方の命を危険に晒して、こんなことをしてしまって、本当ならわたしはここで離脱すべきだと思います」

「ナマエちゃん……」


 命がかかっている旅において、足手まといはそれだけで罪だ。同じことをしでかしたら、次は本当に誰かが死ぬ。同じことになる可能性がゼロとは言えない。だからわたしがどんな目に遭おうと、本当は追い出した方がいい。マイナスになるのならいても仕方ない。ヴィトが進化した今、一行にとってわたしが敵についた場合の危険性もだいぶ下がっている。少なくともわたしが反応してからじゃないとヴィトは襲い掛かれない。だから現時点での最善は、わたしが手を引くことだ。


「だけど、もし、もし、いてもいいと言ってくださるのであれば、汚名返上させてください」


 今の最善はわたしが引くことだが──結末を考えれば引くわけにはいかない。わたしは使える人間にならなければならない。銃の音くらいで怯えるような人間では、誰一人救えない。
 顔を上げてアヴドゥルを見る。彼の目に映るわたしの顔は必死過ぎて、シリアスな場面なのに笑えてしまいそうだった。かえってアヴドゥルは優しい顔で笑っていた。たぶん、わたしの謝罪なんて否定したい気持ちを飲み込んで、笑ってくれている。


「ナマエがそう言うのなら。ジョースターさん、それでいいですね?」

「……ナマエちゃんには来てほしいが、もっとこう、気負うことなく、憂いなくじゃな」

「ジョースターさん」

「……わかったわかった。ナマエちゃんは汚名返上するんじゃな。わしには全然汚名は見えんが、そういうことにする。花京院もそれでいいな」

「そうですね。それでミョウジさんが納得できるのなら、それがいいと思います」


 ジョセフはすこし粘ったが、アヴドゥルから声をかけられるとすぐに認めてくれた。花京院はすんなり受け入れてくれる。それはわたしのことを見下しているわけでも、同情しているわけでもなく……不思議なもので、共感しているように見えた。彼は何も失敗などしていないのに、まるで自分が失敗したらそうすると言っているようだ。
 わたしは自分で暗くした空気を払拭するべく、笑顔を作った。


「ありがとうございます! じゃあけじめに一発殴ってもらってもいいですか!」

「ナマエちゃん!?」

「いやナマエそれはちょっと……」

「ミョウジさん、なんで突然体育会系なんですか……よくないですよ、そういうのは……」


 全員から普通に拒絶された。けじめと言えば、一発か、指を詰めると相場が決まってるんだよなぁ、ということを匂わせて、花京院から一発チョップをもらうことに成功した。仕方ないと続けて全員から軽いチョップ。本当はもっとガッツリ行ってほしかったけど、まあ、これ以上は無理だろう。あとはポルナレフと承太郎だが……どうだろうか。
mae ato

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