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 アヴドゥルがジョセフから色々と指示を受けている様を眺めていた。潜水艦を取りにいく説明ってこのときにしていたんだなぁ、と裏話を知れたようで、ワクワクしてしまう自分がいる。ワクワクする反面、あの潜水艦自体には正直乗りたくない。どうなるかわかっているだけにあまりに怖い。水が入ってくる閉鎖空間とか誰だって怖すぎる。


「アヴドゥルさん、生きててよかったです」

「え? ……あ、はい、そうですね」


 一瞬独り言かと思ったが、横を見ると花京院がこっちを向いていた。安心した、とばかりに穏やかな笑み。仲間が死んだなんて報告されていれば、本当は生きていると知ったとき、誰だって嬉しくてたまらないだろう。
 アヴドゥルと話していたジョセフが振り返る。もう話は終わったのだろうか。


「さ、行こうか」

「はい。それじゃあアヴドゥルさん、養生してくださいね」

「お気をつけて」

「ああ。皆もな」


 軽く挨拶を済ませてから病院を後に、駅へと向かう。立って見る街の景色と車椅子に乗って見る街の景色はだいぶ違う。太陽が近くなって余計に暑いように感じた。気持ちの問題かもしれないけれど、そんな感じ。これが日本だったらコンクリートに反射した光を浴びるから、車椅子に座っている方が暑いんだろう。
 わたしがのんきにそんなことを考えていると、花京院がジョセフとわたしを見た。いつも通り、と言うほど長く一緒にいるわけではなかったが、いつも通りという言葉の似合う平静な顔で彼は提案してきた。


「アヴドゥルさんのことなんですが、ポルナレフには言わない方がいいと思うんです」

「あー……わたしも、花京院さんに賛成です」

「何? ポルナレフも心配しているんじゃぞ?」

「それはそうですが、ポルナレフってどうしてもこう、顔やテンションに出やすいと言いますか……すぐにバレかねない。安心してアヴドゥルさんが休めないと思うんです」


 花京院の意見に賛同して頷いた。間違いなく調子に乗ってポロリと口から飛び出す可能性も高い。本人に悪気がないだけに質が悪い。ジョセフもそれを聞くと苦笑いをしつつ、ゆっくりと頷いた。ポルナレフには悪いが、しばらくの間は言わない方向で行こうと三人で勝手に決めた。駅前に着くとポルナレフと承太郎、それからネーナが立っていた。


「聖地ベナレスに行くには、バスが良いみたいだぜ」


 指差した方向にはバス停らしきものが見えている。承太郎の言葉にネーナが頷いている。それからポルナレフが聞いてもいないのに、ネーナがその近くに住むお金持ちのお嬢さんであることを簡単に紹介してくれた。怪我をさせたことから送っていくことにしたらしい。ポルナレフ、下心が丸見えだぞ! 一行がバス停へと向かう前に、ばっと勢いよく手を上げた。


「空条さんとポルナレフさん、ちょっといいですか?」

「なんだ」

「……どうした?」


 花京院とジョセフはわたしがしたいことに気付いて、苦笑いをしている。ご迷惑をかけて申し訳なかった、足手まといとして本当は抜けた方がいいと思うが汚名返上させてほしい、そのためけじめとして一発お願いしたい、と先ほどと同じ流れのことをを言うとポルナレフがものすごい勢いで拒否をしてきた。まあフランス人だしフェミニストなのかなぁ、と思って油断していたわたしの顔に一撃。痛みに身体を曲げながら喘いだ。
 あの、そのね、確かにお願いしたのはわたしだけど、普通、油断してるところにはやらないよね? ……つーか、顔……これ腫れるぞ……。いや、いいんだけど。お願いしたのはわたしだし、女子だからと加減してほしいわけじゃないけれど、これはいってぇなぁ……!?
 そう叫びそうだったが実際は痛みでそれどころじゃない。いや、殴られず、ビンタで済んでよかった。殴られてたら奥歯数本やられてたと思う。でもこれ、我々の業界でも決してご褒美に入らない部類の痛みですよ……。


「あ、ありがとう……ございます……」

「承太郎! 女性相手にやり過ぎだ!」

「ケジメなら男も女も関係ねーだろ」

「それにしたって限度があるだろ!?」


 承太郎が花京院とジョセフから批難を浴びているのを尻目に、ポルナレフにもお願いしますと頭を下げれば、ぺちりと叩かれた。承太郎が打った方とは別の頬。とても優しいビンタだった。
mae ato

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